月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
19 / 30

第8話 目覚め(2)

しおりを挟む


 満月は、もう館の裏側にいるのだろう。
 アーチ形の窓からさしこんでいた月明かりは、いまはもうない。
 モノトーンに沈む玄関ホールに、サトミが羽織はおった赤いストールだけが色づいて見える。

 おれはてっきり、むかい側の部屋にでもいくのだろうと思っていたが、サトミはストールをひらりとひるがえし、階段を上がりはじめた。
 その足がぴたりと止まる。

「どうしたの?」

 サトミはじっと、階段のつきあたりに飾られた肖像画しょうぞうがを見つめていた。

「なんでもない……。こっちよ、ついてきて」

 足早に階段をあがるサトミは、肖像画から目をそらすようにして、つきあたりの踊り場から左右にのびる階段を右へ曲がった。

 おれも、急いであとを追う。
 階段を上がると、肖像画の男とはいやでも目が合った。
 この人が、サトミのお父さんなんだろうか……?
 肖像画の男は、あいかわらずするどい目つきで、おれのことをにらみつけている。

 おれはその視線に耐えきれず、そっと顔をふせて肖像画のまえを通りすぎると、すばやく踊り場を右に曲がって階段をかけあがろうとした。

 そのとき――。


(オマエハ、ダレダ……)


 その声は、おれの背後から聞こえてきた。
 低い、男の声だった。

 おどろいてふり返ると、いつのまにか肖像画の男の目が、ぎろりとおれをにらみつけていた。

 あわてて目をこすり、じっとよく見る。
 肖像画の男は、まっすぐまえを見つめていた。


「ケンヂくん、こっちよ」
 階段の上からサトミが呼びかける。

「ゲームのやりすぎだ……」
 おれは、ぎゅっと目頭めがしらを指でおさえて、階段をかけ上がった。




 サトミは二階の右側の壁にならぶドアの、一番奥のドアの前にいた。
 この館で、唯一、開かなかったドア。

 ポケットから取りだした鍵を、ドアノブの鍵穴にさしこみながらサトミが言った。

「ここ、ふだんは使っていないんだけど……」

 そっとドアをあける。
 部屋だと思っていたそのドアのさきには、せまくて急な階段が上へとのびていた。
 まっ暗な闇へとつづく階段。
 ぎしぎしときしむ音をたてながら階段を上がるサトミの姿が、闇へと吸いこまれていく。


「ま、まって……」

 思わずおれは、声を上げてしまった。
「怖がりって言ってたわりには、わりと平気そうだね」


「えっ」

 サトミは、はっとしたような顔でふり返った。

「怖いよ。けど、ケンヂくんが一緒だから……」

 サトミはそう言うけど、おれのほうがよっぽどびびっていた。


「どうする? やめようか」
「ち、ちがうよ! サトミが平気なら、おれは全然いいんだけど……」

 びびっているのがサトミにバレたんじゃないだろうか?
 おれは急に恥ずかしくなって、サトミの横をすり抜け、暗闇に包まれた階段をかけ上がった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

赤い部屋

ねむたん
ホラー
築五十年以上。これまで何度も買い手がつきかけたが、すべて契約前に白紙になったという。 「……怪現象のせい、か」 契約破棄の理由には、決まって 「不審な現象」 という曖昧な言葉が並んでいた。 地元の人間に聞いても、皆一様に口をつぐむ。 「まぁ、実際に行って確かめてみりゃいいさ」 「そうだな……」

終の匣

ホラー
 父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。  しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。  親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

精神病の母親

グランマレベル99
ホラー
見ればわかる

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

処理中です...