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第8話 目覚め(1)
しおりを挟むすこしづつ元気を取りもどしていったサトミは、また寝ないようにしないとね。と、眠気ざましの珈琲をいれた。
「ケンヂくんも、どうぞ」
豆から淹れた、本格的な珈琲。
「おいしい……」
ひとくち飲んだだけで、くらくらしそうな、深煎りのブラック珈琲。
「……でも、にがいね」
顔をしかめたおれを見て、サトミがくすくすと笑った。
「ケンヂくん、おなかすいたでしょう? わたし、なにか作るから、ゲームのつづきをやっていていいよ」
時計を見ると、もう、夜中の三時まえ。
朝までには、なんとかクリアしたい。
おれは、中断していたファイナルクエストのつづきをはじめた。
古城のなかを歩きまわり、ついに最後の敵にたどりつき、戦う。
ぎりぎりの攻防だったけど、なんとか敵のボスを打ちたおした。
「やったあ!」
おれは立ち上がって万歳をすると、サトミのいるキッチンにかけこんだ。
「ファイナルクエスト、エンディングだからさ。せっかくだから一緒に見ようよ。サトミが買ったゲームなんだから」
サトミはサンドイッチを作っていた。
「うん。ちょっとまってて……」
そう言うサトミの手を強引に引っぱって、テレビの前にすわらせる。
「もう最後の敵は倒したんだ。あとは最後の選択をするだけ」
「最後の選択?」
「そう。助けだした異国のお姫さまは、じつは宇宙からやって来た異星人だったんだ」
「えっ!」
とつぜん、サトミが声をあげた。
ゲームにはまったく興味がないと思っていたので、そこまでおどろいてくれるとは意外だった。
おれは、なんかうれしくて、得意になって話をつづけた。
「それで主人公は、一緒にお姫さまの故郷の星に旅立つか、お姫さまをお嫁さんにもらって、いつまでも地球で暮らすかを選択するんだ。サトミが決めて。サトミのゲームなんだから」
サトミは真剣に悩んでいた。
「お姫さまと一緒に旅立ったら……、ケンヂくんは、もう永遠に家族と会えなくなるんでしょ?」
「うん……。ゲームのなかの、おれはね」
「お姫さまをお嫁さんにもらったら、お姫さまは、もう家族と会えなくなるのね」
「まあ……」
サトミはなおも悩む。
ここまで真剣に悩んでくれるなんて、ファイクエ好きとしては、やはりうれしくなってしまう。
悩みつづけたサトミは、やがて、吹っ切れたように言った。
「ケンヂくんが決めて! だってお姫さまを救ったのはケンヂくんだもの」
「そう? じゃあ、どうしようかな……。よし!」
「あっ、まって!」
サトミがあわてて、コントローラーをもつ、おれの手をつかんだ。
「もう決めたの? 決断、早いのね」
「だってゲームだもの。選択のまえにセーブしてあるから、結局両方のエンディングを見られるからさ」
「だめよ、そんなの!」
サトミが怒鳴った。
「ちゃんと決めて。大切なことよ」
おれは、つい笑ってしまった。
ゲームのなかの選択なのに、ここまで真剣になれるなんて、サトミはやっぱりおかしい。だけど、そういうところが、サトミのいいところだと思う。
「じゃあ……。お姫さまの星に一緒に旅立つ。だってお姫さまのことを思えば、両親と離ればなれなんかに、させるわけにいかないからさ」
「いいの?」
サトミが心配そうにおれを見つめる。
「ケンヂくんだって、永遠に両親と別れなくちゃいけないのよ。つらくない?」
「そりゃあ、つらいけど……」
テレビ画面を見ながら、おれは悩んだ。
そこまでゲームの主人公に感情をこめて考えたことはなかった。
おれが、この主人公なら、どうするだろうか……?
何かにつけていろいろと質問してくる母親と、顔を見れば勉強しろと怒鳴る父親。
うるさいと思ったことは何度もある。
でも、二度と会えなくなるとなったら……。
と、そのとき、とつぜんテレビ画面がまっ暗になった。
呆然とテレビ画面を見つめる、おれのすぐとなりで、ゲームステーションの電源ボタンに手をかけているサトミがいた。
「ああっ! なにしてんの?」
思わず叫んだおれに向かって、サトミはにっこりと微笑みながら言った。
「だめよケンヂくん。つらいなら両親と別れないで。それにお姫さま、きっと地球に住みたかったと思うよ」
やっぱり、サトミはおかしい。
エンディングの直前で電源を切るなんて、ふつう考えられない。
でも怒る気はしなかった。
おれはなぜか笑ってしまって、サトミも一緒に笑っていた。
「ああ、疲れちゃった。ここにきてから、もうずっとゲーム三昧だからね。ちょっと寝ようかな……」
何気なく言ったおれの言葉に、サトミはとつぜん、表情をかたくした。
「寝ちゃだめよ! 朝まで起きてないとだめ! また珈琲のむ?」
「にがいんだもの……。べつにいまさら帰ったりしないよ。でも、ちょっと眠くなっちゃって……」
言っているそばから、急激に睡魔がおそってきた。
いままでゲームに集中していたぶん、いっきに疲れが出たようだ。
「だめよ、ケンヂくん! お願いだから寝ないで!」
サトミがおれの肩をつかんでゆらす。
「サトミはさっき寝てたから……。ほんのちょっとだけ……」
いまにも倒れそうなほど、頭がぼんやりとしてきた。
するとサトミが、声をはり上げて言った。
「そうだ! いいもの見せてあげる。ゲームなんかよりもっと面白くて、だれも見たことがない不思議なもの!」
「だれも見たことがない、不思議なもの?」
ほんのすこしのぞかせたおれの好奇心を、サトミは見逃さなかった。
「きて! 見せてあげる」
サトミはソファの上にあった赤いチェックのストールを肩に羽織ると、おれの手を強引に引っぱって、部屋からとび出した。
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