13 / 30
第6話 探索(2)- 館1階のマップ -
しおりを挟む
「なんてことないや。鏡にうつっていた女の人も、きっと気のせいだな」
なにごともなく用をたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
余裕が出てくると、この不気味な雰囲気の館も、ゲームの世界に入り込んだみたいで面白く見えてくる。
「ちょっと、探索してみるか」
洗面所を出て、すぐとなりにあるドアに足を向けた。
右側の壁にならぶ三つのドアの、まんなかのドア。
ひんやりと冷たいドアノブを回して、そのドアをあけると、まぶしい光が目に飛び込んできた。部屋の奥の小さな窓からさしこむ月明かりに反射して、部屋じゅうが銀色に輝いていたのだ。
よく見ると、それらは業務用の大きな冷蔵庫だったり、流し台だったり、ガス台だった。
「ここ厨房だ……。こんなに広いなんて、まるでレストランの厨房みたいだ」
しずかにドアを閉めて、こんどは、となりの観音開きのドアをあけてみる。
右側の壁の、一番手前のドア。
静まりかえった館内に、きしんだ音が無遠慮に響く。
ひかえめにあけたドアの隙間から、なかをのぞくと、そこは長いテーブルが置かれた食堂だった。
入ってすぐ左側に見えるドアは、となりの厨房とつながっているはずだ。
きっと、あのドアからたくさんの料理が運び込まれ、招かれた来賓たちとともに夕食を楽しんでいたのだろう。
談笑しながら食事をしている人々が目に浮かぶ。しかし、いまやテーブルの上にあるのは、すすけた銀の燭台と、つもりにつもった埃だけ。
どうやら長いこと使ってないらしい。
「ひとり息子のお父さんが婿養子に行ってから、どんどん廃れていったって、サトミが言ってたもんな……」
食堂のドアを閉めながら、ふと疑問が浮かぶ。
婿養子に行ったって、いったいどこに? サトミはここで、両親と一緒に暮らしているんじゃないのか……?
首をかしげながら玄関ホールを歩いていると、誰かに見られてる気がしてふりむいた。
やはりそこは、階段のまえ。
顔を上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が見える。
黒いスーツを着た、男の肖像画。
首から上は、暗くて見えない。
ぞくりと背筋に冷たいものが走って、思わず目をそらした。
「二階は、見なくてもいいや……」
ひとりつぶやいて、階段のまえを通りすぎようとした。でも……。
「ゲームのなかでは勇者なんてよばれているくせに、現実世界じゃ、びびりでなにもできないなんて……」
踏みとどまって階段を見上げた。
「よし。あの肖像画の男が、不気味な森の古城にひそむ、最後の敵だ。あいつからお姫さまを守りきったら、ゲームクリアってことにしよう」
まるでおさない子どもが、ひとり遊びをするときのようにルールを決めると、ゆっくりと一歩ずつ、階段をあがっていく。
肖像画の男の顔が、すこしづつあらわになってくる。
真一文字に閉じられた口。
高く筋の通った鼻。
そして、男の目を見たとき、おれは恐ろしさで階段から転げ落ちそうになってしまった。
眉間にしわを寄せた男は、とてもするどい視線で、おれを見おろしていたのだ。
それはもう、にらみつけていると言ってもいいぐらいの、きびしい目つき。
思わずまわれ右をして、階段をかけ下りようとしたとき、サトミの顔が目に浮かんだ。
「こんなことじゃ、だれも守れやしないじゃないか!」
なんとか踏みとどまると、肖像画から目をそらしつつ、階段をかけあがった。
つきあたりの踊り場から、さらに左右に分かれてのびる階段を、左へ曲がる。
階段はどちらに進んでも二階の廊下につづいていた。
玄関ホールの吹き抜けに面したこの廊下は、天井からつりさげられた巨大なシャンデリアをかこむようにして、館の正面側でつながっている。
おれは吹き抜けの手すりに手をかけ、ほっと息をついた。
灯りの消えたシャンデリアのガラスが、二階のバルコニーから入る月明かりをうけて、きらきらと輝く青い光を、あちこちにちりばめている。
ここまでくると、ずいぶんと恐怖心がやわらいだ。
肖像画の男の視線から、逃れられたせいだろうか?
「さすが、最後の敵だけはある。眼光だけでも恐ろしい威力だ……」
おれは気を取り直して、館の探索をつづけた。
なにごともなく用をたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
余裕が出てくると、この不気味な雰囲気の館も、ゲームの世界に入り込んだみたいで面白く見えてくる。
「ちょっと、探索してみるか」
洗面所を出て、すぐとなりにあるドアに足を向けた。
右側の壁にならぶ三つのドアの、まんなかのドア。
ひんやりと冷たいドアノブを回して、そのドアをあけると、まぶしい光が目に飛び込んできた。部屋の奥の小さな窓からさしこむ月明かりに反射して、部屋じゅうが銀色に輝いていたのだ。
よく見ると、それらは業務用の大きな冷蔵庫だったり、流し台だったり、ガス台だった。
「ここ厨房だ……。こんなに広いなんて、まるでレストランの厨房みたいだ」
しずかにドアを閉めて、こんどは、となりの観音開きのドアをあけてみる。
右側の壁の、一番手前のドア。
静まりかえった館内に、きしんだ音が無遠慮に響く。
ひかえめにあけたドアの隙間から、なかをのぞくと、そこは長いテーブルが置かれた食堂だった。
入ってすぐ左側に見えるドアは、となりの厨房とつながっているはずだ。
きっと、あのドアからたくさんの料理が運び込まれ、招かれた来賓たちとともに夕食を楽しんでいたのだろう。
談笑しながら食事をしている人々が目に浮かぶ。しかし、いまやテーブルの上にあるのは、すすけた銀の燭台と、つもりにつもった埃だけ。
どうやら長いこと使ってないらしい。
「ひとり息子のお父さんが婿養子に行ってから、どんどん廃れていったって、サトミが言ってたもんな……」
食堂のドアを閉めながら、ふと疑問が浮かぶ。
婿養子に行ったって、いったいどこに? サトミはここで、両親と一緒に暮らしているんじゃないのか……?
首をかしげながら玄関ホールを歩いていると、誰かに見られてる気がしてふりむいた。
やはりそこは、階段のまえ。
顔を上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が見える。
黒いスーツを着た、男の肖像画。
首から上は、暗くて見えない。
ぞくりと背筋に冷たいものが走って、思わず目をそらした。
「二階は、見なくてもいいや……」
ひとりつぶやいて、階段のまえを通りすぎようとした。でも……。
「ゲームのなかでは勇者なんてよばれているくせに、現実世界じゃ、びびりでなにもできないなんて……」
踏みとどまって階段を見上げた。
「よし。あの肖像画の男が、不気味な森の古城にひそむ、最後の敵だ。あいつからお姫さまを守りきったら、ゲームクリアってことにしよう」
まるでおさない子どもが、ひとり遊びをするときのようにルールを決めると、ゆっくりと一歩ずつ、階段をあがっていく。
肖像画の男の顔が、すこしづつあらわになってくる。
真一文字に閉じられた口。
高く筋の通った鼻。
そして、男の目を見たとき、おれは恐ろしさで階段から転げ落ちそうになってしまった。
眉間にしわを寄せた男は、とてもするどい視線で、おれを見おろしていたのだ。
それはもう、にらみつけていると言ってもいいぐらいの、きびしい目つき。
思わずまわれ右をして、階段をかけ下りようとしたとき、サトミの顔が目に浮かんだ。
「こんなことじゃ、だれも守れやしないじゃないか!」
なんとか踏みとどまると、肖像画から目をそらしつつ、階段をかけあがった。
つきあたりの踊り場から、さらに左右に分かれてのびる階段を、左へ曲がる。
階段はどちらに進んでも二階の廊下につづいていた。
玄関ホールの吹き抜けに面したこの廊下は、天井からつりさげられた巨大なシャンデリアをかこむようにして、館の正面側でつながっている。
おれは吹き抜けの手すりに手をかけ、ほっと息をついた。
灯りの消えたシャンデリアのガラスが、二階のバルコニーから入る月明かりをうけて、きらきらと輝く青い光を、あちこちにちりばめている。
ここまでくると、ずいぶんと恐怖心がやわらいだ。
肖像画の男の視線から、逃れられたせいだろうか?
「さすが、最後の敵だけはある。眼光だけでも恐ろしい威力だ……」
おれは気を取り直して、館の探索をつづけた。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
叔父様ノ覚エ書
国府知里
ホラー
音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。
「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」
~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~
推奨画面設定(スマホご利用の場合)
背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる