12 / 30
第6話 探索(1)
しおりを挟む「お台所は男子禁制なの」
わりと古風なことを言うサトミに頼みこんで、あとかたづけは一緒にやった。といっても、洗い終わった皿をふいただけだけど。
そのあとは、生まれてから一度もゲームをやったことがないというサトミに、ファイナルクエストのすばらしさをくどくどと説明しながらゲームをすすめたが、いつのまにかサトミは、うしろのソファで寝息をたてていた。
時計を見ると、すでに夜中の十二時をまわっている。
「さすがファイクエ、時間がたつのを忘れるな。この調子じゃ、朝なんてかんたんに迎えられそうだ」
ソファに置いてあった、赤いチェックのストールをサトミにかけると、部屋の灯りを消して、おれはゲームをつづけた。
しかし、ゲームは思いのほか早く終盤にたどりついてしまった。今回のストーリーは、いままでのシリーズとくらべると、ずいぶんと短い。
夜霧がたちこめる不気味な森のなかに、ひっそりとたたずむ古城――。
最後の使命は、そこにいる敵のボスをたおし、とらえられた異国のお姫さまを助けだすことだ。
古城のなかにふみこむ。
しんと静まりかえった城のなかに、主人公の足音だけが響く。
コントローラーをにぎる手にも、汗がにじんだ。
「……トイレ」
どうもおれは、緊張するとトイレに行きたくなるくせがある。
最後の戦いのまえに、すませるものはすませておこう。
ゲームを中断して立ち上がろうとしたとき、ふと、洗面台の鏡にうつっていた、髪の長い女の人のことを思い出した。
「トイレに行きたいからついてきてなんて、とても言えないよなあ……」
ソファで寝息をたてているサトミを見ながら、ひとりつぶやくと、覚悟をきめて立ち上がった。
しかし、リビングから外へ出るドアをあけたとたん、ぴたりと足が止まってしまった。
シャンデリアの灯りはいつのまにか消えていて、玄関ホールは暗闇に包まれていたのだ。
トイレは我慢しよう。
一瞬、そう思ったけれど、すぐに考えなおした。
「怖がりのサトミのために、この館へ来たというのに、おれがこんなにびびりでどうする!」
そうだ。
おれは異国のお姫さまを守る戦士。
ここは、夜霧がたちこめる不気味な森の古城だ。
おれは、ファイナルクエストの主人公になったつもりで部屋から出た。
わずかな月明かりがさしこむ、暗い玄関ホールを歩く。
もうすぐ夏休みだと言うのに、館のなかの空気は、ひんやりと冷たかった。
かちりかちりと時を刻む、時計の針の音。
見れば、夜中の一時五十六分。
明るいときには気がつかなかったけど、玄関の両側のずいぶん高いところに、縦に長いアーチ型の窓が、ふたつずつならんでいた。
ざわざわとうごめく杉林の黒い影が、窓ごしに見える。
その影は、ぼんやりとした青白い月明かりとともに玄関ホールのなかへと入りこみ、床や階段で不気味にうごめいていた。
背筋がゾクリとする。
おれはよそ見をするのをやめて、一目散にトイレへ走った。
洗面所のドアを細くあけて、手をつっこむ。
手さぐりでスイッチを見つけて灯りをつけると、鏡を見ないよう、背中を向けながら洗面所にすべりこみ、となりにあるトイレに飛びこんだ。
「ほああ……」
ほっと一息ついたとき、トイレの小窓から、ざわざわとざわめく木々の音が聞こえた。
窓をあけて外を見ると、テニスコートほどの広さの芝生がひろがっている。
そこは裏庭のようだった。
そのさきにあるのは、風にざわめく竹林。
「玄関から入ると、目のまえに階段だろ。一階の両側の壁にはドアが三つずつ。左側の奥からふたつのドアは、ダイニングキッチンとリビング。右側の一番奥のドアはこの洗面所とトイレ。館の裏には、芝生の裏庭と竹林か……」
ファイナルクエストで、ダンジョンを歩きまわっていたせいだろう。つい頭のなかで、間取り図を描いてしまう。
さて、すっかり用もすんでしまった。
おれはすうっと大きく深呼吸をすると、意を決してトイレを出た。
よけいなものを見ないよう、顔を上げずに手を洗い、うしろ手に灯りを消しながら、洗面所のドアを閉める。
ミッション完了。
「なんてことないや。鏡にうつっていた女の人も、きっと気のせいだな」
なにごともなく用をたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
余裕が出てくると、この不気味な雰囲気の館も、ゲームの世界に入り込んだみたいで面白く見えてくる。
「ちょっと、探索してみるか」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
叔父様ノ覚エ書
国府知里
ホラー
音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。
「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」
~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~
推奨画面設定(スマホご利用の場合)
背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』


終の匣
凜
ホラー
父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。
しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。
親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。
都市伝説レポート
君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる