月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第6話 探索(1)

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「お台所は男子禁制きんせいなの」

 わりと古風なことを言うサトミにたのみこんで、あとかたづけは一緒いっしょにやった。といっても、あらわった皿をふいただけだけど。

 そのあとは、生まれてから一度もゲームをやったことがないというサトミに、ファイナルクエストのすばらしさをくどくどと説明しながらゲームをすすめたが、いつのまにかサトミは、うしろのソファで寝息ねいきをたてていた。
 時計とけいを見ると、すでに夜中の十二時をまわっている。

「さすがファイクエ、時間がたつのをわすれるな。この調子ちょうしじゃ、朝なんてかんたんにむかえられそうだ」

 ソファに置いてあった、赤いチェックのストールをサトミにかけると、部屋へやあかりを消して、おれはゲームをつづけた。

 しかし、ゲームは思いのほか早く終盤しゅうばんにたどりついてしまった。今回のストーリーは、いままでのシリーズとくらべると、ずいぶんと短い。


 夜霧よぎりがたちこめる不気味な森のなかに、ひっそりとたたずむ古城こじょう――。
 最後の使命は、そこにいるてきのボスをたおし、とらえられた異国いこくのおひめさまを助けだすことだ。

 古城こじょうのなかにふみこむ。
 しんと静まりかえったしろのなかに、主人公の足音だけがひびく。
 コントローラーをにぎる手にも、あせがにじんだ。

「……トイレ」

 どうもおれは、緊張きんちょうするとトイレに行きたくなるくせがある。
 最後の戦いのまえに、すませるものはすませておこう。

 ゲームを中断ちゅうだんして立ち上がろうとしたとき、ふと、洗面台せんめんだいの鏡にうつっていた、かみの長い女の人のことを思い出した。


「トイレに行きたいからついてきてなんて、とても言えないよなあ……」

 ソファで寝息ねいきをたてているサトミを見ながら、ひとりつぶやくと、覚悟かくごをきめて立ち上がった。
 しかし、リビングから外へ出るドアをあけたとたん、ぴたりと足が止まってしまった。
 シャンデリアのあかりはいつのまにか消えていて、玄関げんかんホールは暗闇くらやみつつまれていたのだ。

 トイレは我慢がまんしよう。
 一瞬いっしゅん、そう思ったけれど、すぐに考えなおした。

こわがりのサトミのために、このやかたへ来たというのに、おれがこんなにびびりでどうする!」

 そうだ。
 おれは異国いこくのおひめさまを守る戦士。
 ここは、夜霧よぎりがたちこめる不気味な森の古城こじょうだ。
 おれは、ファイナルクエストの主人公になったつもりで部屋へやから出た。

 わずかな月明かりがさしこむ、暗い玄関げんかんホールを歩く。
 もうすぐ夏休みだと言うのに、やかたのなかの空気は、ひんやりと冷たかった。
 かちりかちりと時をきざむ、時計とけいはりの音。
 見れば、夜中の一時五十六分。

 明るいときには気がつかなかったけど、玄関げんかんの両側のずいぶん高いところに、たてに長いアーチ型のまどが、ふたつずつならんでいた。
 ざわざわとうごめく杉林すぎばやしの黒いかげが、まどごしに見える。
 そのかげは、ぼんやりとした青白い月明かりとともに玄関げんかんホールのなかへと入りこみ、ゆか階段かいだんで不気味にうごめいていた。

 背筋せすじがゾクリとする。
 おれはよそ見をするのをやめて、一目散いちもくさんにトイレへ走った。
 洗面所せんめんじょのドアを細くあけて、手をつっこむ。
 手さぐりでスイッチを見つけてあかりをつけると、鏡を見ないよう、背中せなかを向けながら洗面所せんめんじょにすべりこみ、となりにあるトイレに飛びこんだ。


「ほああ……」

 ほっと一息ついたとき、トイレの小窓こまどから、ざわざわとざわめく木々の音が聞こえた。
 まどをあけて外を見ると、テニスコートほどの広さの芝生しばふがひろがっている。

 そこは裏庭うらにわのようだった。
 そのさきにあるのは、風にざわめく竹林たけばやし

玄関げんかんから入ると、目のまえに階段かいだんだろ。一階の両側のかべにはドアが三つずつ。左側のおくからふたつのドアは、ダイニングキッチンとリビング。右側の一番奥いちばんおくのドアはこの洗面所せんめんじょとトイレ。やかたうらには、芝生しばふ裏庭うらにわ竹林たけばやしか……」

 ファイナルクエストで、ダンジョンを歩きまわっていたせいだろう。つい頭のなかで、間取まどえがいてしまう。

 さて、すっかりようもすんでしまった。
 おれはすうっと大きく深呼吸しんこきゅうをすると、意を決してトイレを出た。

 よけいなものを見ないよう、顔を上げずに手をあらい、うしろ手にあかりを消しながら、洗面所せんめんじょのドアをめる。

 ミッション完了かんりょう

「なんてことないや。鏡にうつっていた女の人も、きっと気のせいだな」

 なにごともなくようをたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
 余裕よゆうが出てくると、この不気味な雰囲気ふんいきやかたも、ゲームの世界にはいんだみたいで面白おもしろく見えてくる。


「ちょっと、探索たんさくしてみるか」


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