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第5話 オムライス同盟
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リビングのドアをあける。
明るい部屋のなかに、おいしそうなにおいがたちこめていた。
ここだけは別世界。部屋の外の不気味な雰囲気は、みじんも感じられない。
おれは心のそこから、ほっと安堵のため息をついた。
「ケンヂくんがもどるのをまってたの。いま仕上げるから、そこのテーブルの席にすわって待っててね」
調理場にもどったサトミが、コンロの火をつけながら言った。
キッチンのテーブルの上には、ぱりっとしたレタスのサラダと、湯気を立てたオニオンスープ。それと、丸いお皿のまんなかに、チキンライスが盛られていた。
サトミがフライパンをもってテーブルにやってくる。
とんとんとフライパンをもつ手をたたき、チキンライスの上に、ふんわりとしたオムレツを、ふんわりとのせた。
さらに、ナイフでオムレツのまんなかに切れ目を入れる。
なかから湯気をあげた、とろとろの半熟たまごがあらわれて、チキンライスをやさしく包みこんだ。
「うわあ、おいしそう」
思わず声がでる。
「トマトケチャップと、デミグラスソース。どっちがいい?」
「デミグラスソース!」
香ばしいにおいを漂わせたデミグラスソースが、オムライスの上からそそがれる。
まっ白な生クリームをアクセントにたらして、完成。
「さあ、どうぞ」
「竹内さんのができるまで、まってるよ」
そう言いつつも、オムライスから目がはなせない。
「いいから、あったかいうちに食べて」
「そう? いただきまーす」
言うと同時に、ひとくち食べた。
「ほわあ……。このふわふわたまごの絶妙なやわらかさ……」
「たまごに牛乳をすこし入れるのがポイントだよ。あと、粉チーズもね」
サトミはおれのより、かなり小ぶりに盛られたチキンライスに、オムレツをのせながら言った。
赤いトマトケチャップを、とろりとかける。
「この濃厚な感じは粉チーズかぁ。うんうん、わかるよ。こんなにおいしいオムライス、はじめて!」
「おおげさだよ」
照れながらうつむくサトミは、しかし、まんざらでもなさそうだ。
「ほんとだって! すごいよ竹内さん。ヒロミなんかには絶対作れないよな」
「そんなことないよ。ケンヂくんのためなら、ヒロミさんだって作るよ」
「ムリムリ。あいつにこんな料理、絶対、作れるわけないよ」
おれは夢中になって、いままでの人生で最高のオムライスをほおばった。
ほおばりすぎて苦しくなり、あわてて水を飲もうとコップに手をのばしたとき、サトミがとても寂しそうな顔をしているのに気がついた。
「いいな。仲良くて……」
「えっ?」
「ヒロミとか、あいつとか……。仲良くないと、そんなふうに呼んでもらえないもの。わたし、クラスメイトのだれからも、竹内さんとしか呼ばれないのよ……」
笑いながら、おれはこたえた。
「だって、竹内さんはお嬢さまだからさ。みんなとは違うよ」
「わたしは!」
とつぜんサトミが叫んだ。
「みんなと一緒がいいの! もっともっとみんなと仲良くなりたいの。ヒロミさんたちと笑っておしゃべりがしたいの。わたしいつもそう思ってるのに、どうして嫌われちゃうのかな? ねえ、どうして? どうしたらいいと思う?」
あまりにもサトミが必死なので、おれはなにを言っていいのかわからなかった。
すがるような目で見つめていたサトミは、やがてすっと肩を落とし、顔をふせた。
「ごめんね。わたしの問題なのに。ケンヂくんには関係ないのに……」
沈黙がおとずれる。
さっきまで温かかったオムライスも、熱々のオニオンスープも、この空気に急激に冷まされていくように、湯気を消した。
「サトミはさ……」
おどろいて、サトミが顔をあげた。
いきなり名前で呼ぶなんて、かなり勇気が必要だったけれど、いまはそうしなければいけないと思った。
自分でも顔がほてっているのがわかるけど、そんなこと関係ない。
「みんなに嫌われてるって言うけど、そんなこと全然ないよ」
「だって、わたしみんなと違うんでしょ? みんなと同じ話をして、一緒に笑いたいのに、なにが違うか自分じゃわからないの! 教えてほしいの!」
「ごめん、みんなと違うとか言って。でもそれっておかしくないよ。みんなと違うって、悪いことかな?」
無言のまま、サトミがうなずく。
「自分が短所だと思ってることって、ほかの人から見れば長所だったりするんだよ。さっき料理してるサトミを見てそう思った。あんなに上手に料理ができるなんてさ、やっぱりみんなと違う。けどおれ、サトミのそうゆうとこ、いいと思う」
サトミのほおが、ぽおっと赤くなった。
「おれだってみんなと違うしさ。みんな、自分と違うものを持ってるから、友だちになるんじゃないの?」
「自分と違うから、お友だちに……?」
「そうだよ。友だちから分けてもらうんだ。タカシの目立ちたがりのところとか、ヒロミのずけずけと文句を言うところとかさ。おれ、持ってないもん!」
自分で言って、自分で笑った。
「それから、サトミの世間知らずで、天然なところとかさ!」
「ええっ? お料理じゃなくて?」
サトミが怒ったように笑った。そして、もじもじと照れながら言う。
「じゃあ、お友だちになれるかな? わたしたち」
「もちろん。このオムライスにかけて! これからも一緒にさ、もっともっと友だちをふやしていこう!」
テーブルが、おれたちの笑い声に包まれる。
冷めたと思っていたオムライスから、また湯気がのぼった。
明るい部屋のなかに、おいしそうなにおいがたちこめていた。
ここだけは別世界。部屋の外の不気味な雰囲気は、みじんも感じられない。
おれは心のそこから、ほっと安堵のため息をついた。
「ケンヂくんがもどるのをまってたの。いま仕上げるから、そこのテーブルの席にすわって待っててね」
調理場にもどったサトミが、コンロの火をつけながら言った。
キッチンのテーブルの上には、ぱりっとしたレタスのサラダと、湯気を立てたオニオンスープ。それと、丸いお皿のまんなかに、チキンライスが盛られていた。
サトミがフライパンをもってテーブルにやってくる。
とんとんとフライパンをもつ手をたたき、チキンライスの上に、ふんわりとしたオムレツを、ふんわりとのせた。
さらに、ナイフでオムレツのまんなかに切れ目を入れる。
なかから湯気をあげた、とろとろの半熟たまごがあらわれて、チキンライスをやさしく包みこんだ。
「うわあ、おいしそう」
思わず声がでる。
「トマトケチャップと、デミグラスソース。どっちがいい?」
「デミグラスソース!」
香ばしいにおいを漂わせたデミグラスソースが、オムライスの上からそそがれる。
まっ白な生クリームをアクセントにたらして、完成。
「さあ、どうぞ」
「竹内さんのができるまで、まってるよ」
そう言いつつも、オムライスから目がはなせない。
「いいから、あったかいうちに食べて」
「そう? いただきまーす」
言うと同時に、ひとくち食べた。
「ほわあ……。このふわふわたまごの絶妙なやわらかさ……」
「たまごに牛乳をすこし入れるのがポイントだよ。あと、粉チーズもね」
サトミはおれのより、かなり小ぶりに盛られたチキンライスに、オムレツをのせながら言った。
赤いトマトケチャップを、とろりとかける。
「この濃厚な感じは粉チーズかぁ。うんうん、わかるよ。こんなにおいしいオムライス、はじめて!」
「おおげさだよ」
照れながらうつむくサトミは、しかし、まんざらでもなさそうだ。
「ほんとだって! すごいよ竹内さん。ヒロミなんかには絶対作れないよな」
「そんなことないよ。ケンヂくんのためなら、ヒロミさんだって作るよ」
「ムリムリ。あいつにこんな料理、絶対、作れるわけないよ」
おれは夢中になって、いままでの人生で最高のオムライスをほおばった。
ほおばりすぎて苦しくなり、あわてて水を飲もうとコップに手をのばしたとき、サトミがとても寂しそうな顔をしているのに気がついた。
「いいな。仲良くて……」
「えっ?」
「ヒロミとか、あいつとか……。仲良くないと、そんなふうに呼んでもらえないもの。わたし、クラスメイトのだれからも、竹内さんとしか呼ばれないのよ……」
笑いながら、おれはこたえた。
「だって、竹内さんはお嬢さまだからさ。みんなとは違うよ」
「わたしは!」
とつぜんサトミが叫んだ。
「みんなと一緒がいいの! もっともっとみんなと仲良くなりたいの。ヒロミさんたちと笑っておしゃべりがしたいの。わたしいつもそう思ってるのに、どうして嫌われちゃうのかな? ねえ、どうして? どうしたらいいと思う?」
あまりにもサトミが必死なので、おれはなにを言っていいのかわからなかった。
すがるような目で見つめていたサトミは、やがてすっと肩を落とし、顔をふせた。
「ごめんね。わたしの問題なのに。ケンヂくんには関係ないのに……」
沈黙がおとずれる。
さっきまで温かかったオムライスも、熱々のオニオンスープも、この空気に急激に冷まされていくように、湯気を消した。
「サトミはさ……」
おどろいて、サトミが顔をあげた。
いきなり名前で呼ぶなんて、かなり勇気が必要だったけれど、いまはそうしなければいけないと思った。
自分でも顔がほてっているのがわかるけど、そんなこと関係ない。
「みんなに嫌われてるって言うけど、そんなこと全然ないよ」
「だって、わたしみんなと違うんでしょ? みんなと同じ話をして、一緒に笑いたいのに、なにが違うか自分じゃわからないの! 教えてほしいの!」
「ごめん、みんなと違うとか言って。でもそれっておかしくないよ。みんなと違うって、悪いことかな?」
無言のまま、サトミがうなずく。
「自分が短所だと思ってることって、ほかの人から見れば長所だったりするんだよ。さっき料理してるサトミを見てそう思った。あんなに上手に料理ができるなんてさ、やっぱりみんなと違う。けどおれ、サトミのそうゆうとこ、いいと思う」
サトミのほおが、ぽおっと赤くなった。
「おれだってみんなと違うしさ。みんな、自分と違うものを持ってるから、友だちになるんじゃないの?」
「自分と違うから、お友だちに……?」
「そうだよ。友だちから分けてもらうんだ。タカシの目立ちたがりのところとか、ヒロミのずけずけと文句を言うところとかさ。おれ、持ってないもん!」
自分で言って、自分で笑った。
「それから、サトミの世間知らずで、天然なところとかさ!」
「ええっ? お料理じゃなくて?」
サトミが怒ったように笑った。そして、もじもじと照れながら言う。
「じゃあ、お友だちになれるかな? わたしたち」
「もちろん。このオムライスにかけて! これからも一緒にさ、もっともっと友だちをふやしていこう!」
テーブルが、おれたちの笑い声に包まれる。
冷めたと思っていたオムライスから、また湯気がのぼった。
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