月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第4話 不気味な洋館(1)

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 さびついた音をぎりぎりとひびかせながら、観音開かんのんびらきの巨大なドアが左右に開く。

 おれはサトミの背中にくっつくようにして、やかたのなかへ入った。

 玄関ホールは、おれの家などすっぽりおさまってしまいそうなほどに広く、二階まで吹き抜けになっていた。天井からつりさがったシャンデリアが、ぼんやりと弱々しいあかりでやかたのなかを照らしている。

 両側の壁には、いくつかのドアがあり、目のまえにどんとかまえる幅の広い階段のつきあたりには、大きな絵がかざられていた。うす暗くてはっきりと見えないが、だれかの肖像画しょうぞうがらしい。

 と、そのとき、とつぜん背後で、轟音ごうおんをひびかせて玄関のドアが閉まった。
 心臓がぎゅっとちぢむほどおどろいたけど、サトミには気づかれてなさそうだ。

 木々がさわぐ音は消え失せ、かわりにどこからか聞こえる、かちりかちりと時をきざむ時計の針の音が、あたりにただよっている。

「なんか、歴史がありそうな家だね」

「おじいさまが生まれるまえから建っていたそうよ。昔は使用人が何人もいたそうだけど、ひとり息子のお父さまが、お母さまのところへ婿養子むこようしに行って、家をぐものがいなくなったでしょう? すたれるのはあたりまえだって、おじいさまがいつもなげいていたわ。いまはもう、ほとんどの部屋が使われていないの……。さあどうぞ」

 サトミは靴を脱ぐと、大理石だいりせきの床の上にならべられたスリッパをはいた。
 まったく段差がない玄関を見るかぎり、もともとは土足で暮らす家なのだろう。

 やっぱり、本物の洋館なのだ。


「おじいさんも、きょうはでかけているの?」

「おじいさま、最近、亡くなったの……」

 サトミが背中を向けたまま、ぽつりとこたえた。

「わたしのこと、とってもかわいがってくれたから、わたしもおじいさまのことが大好きだったんだ」

「そっか……」

 よけいなことを聞いてしまった。
 本当はあやまりたい気持ちでいっぱいだったけれど、これ以上、おじいさんの話にはふれないほうがいいと思って、おれはだまった。


          *


 サトミのあとについて玄関ホールを歩く。

 サトミは一階左側の壁にならんでいる三つのドアの、まんなかのドアをあけて、おれを招き入れた。

 部屋に入ったとたん、ほっとため息が出るくらい、落ちついた気分になれた。
 もうそこは、どこの家でもよく見かけるリビングダイニングキッチンだった。

 リビングは明るい茶色のフローリングの床に、革張かわばりのソファとガラスの天板てんばんがはめこまれた低いテーブル。部屋のすみには、両手をひろげても足らないくらいの、大きなテレビが置かれている。

 奥のダイニングキッチンにはカウンターと、四人がけのテーブルがあった。

「すわってて。いま冷たい飲みものを出すね」

 サトミにうながされ、ソファに腰を下ろす。
 と、目のまえのテーブルに置かれたゲームソフトに、おれは目をうばわれてしまった。


「ファイクエ7? ファイクエ7だ! うわあ、発売日に出会えるなんて!」

「そんなによろこぶなんて、よっぽど面白いゲームなのね」

 キッチンのカウンターで飲み物をそそぎながら、サトミが笑った。

「どうぞ、遠慮えんりょなくやっていいよ」

「ありがとう、竹内たけうちさん!」

 おれはサトミのお言葉に甘えて、ゲームをはじめることにした。見れば、テレビのまえには、箱に入ったゲームステーションがある。

 ファイナルクエストをプレイするためのゲーム機。りゃくしてゲーステ。

 箱から出してテレビにつなごうとしたとき、コードなどが、まだビニール袋に入ってふうがされていることに気がついた。

「もしかして、このゲーステ。買ってからまだ一度もあけてないんじゃ……?」

 サトミがテーブルにオレンジジュースを置きながらうなずいた。

「うん。そのゲームをやるには、その機械が必要なんだってね。びっくりしたよ、そんな大きな箱渡されてさ。なんとか持って帰ってきたはいいけど、どうやってセットすればいいのかわからなくって……」

 おれは頭から血の気が引いていく気分だった。
 ゲームステーションは、まだ発売されたばかりで、とても高価なのだ。
 おれなんか、これを買ってもらうために、お年玉を二年ぶん前借りしたほどだ。

「持ってるって言うから来たんだよ。わざわざ買ってまで用意するなんてさ!」

 いきなり声をあらげたおれに、サトミはなんでもないようにすまして言った。

「だって、こうでもしなかったら、きてくれなかったでしょ?」

「だからってさ……。これ、高かったろ。そんなにしなくたって……」

 サトミがにっこりと微笑ほほえむ。

「いいの。いくらお金がかかったって。わたしにとって、きょうはそれだけ大切な日なの。だからケンヂくん、気にしないで遊んで」

 サトミの気持ちは痛いほどわかる。

 いくら住みなれているとはいえ、ここはひとけのまったくない山のなか。しかも、この気味がいいとは言えない雰囲気ふんいきの洋館で、たったひとりで夜をすごすのはつらいだろう。

「おれ、ちゃんと朝までいるからさ。絶対!」

 ゲーステのコントローラーをにぎりしめながら、心にちかう。

「ありがとう」

 サトミはにっこり微笑ほほえみながら、キッチンにもどっていった。


「ケンヂくん、お夕飯、オムライスでいい?」

 いつのまにかエプロンをつけたサトミが、キッチンのカウンターごしに言った。

竹内たけうちさんが作るの? おれ、手伝おうか」

「いいよ、大丈夫」

 立ち上がろうとしたおれをせいして、きっぱりと言った。

「ケンヂくんはゲームしてて。お料理はわたしのお仕事なの」


 ぐつぐつとお湯がわく音や、とんとんとテンポの良い包丁の音が聞こえる。
 こんな音を同級生が出しているなんて、とても信じられなかった。

 だいたい、うちのクラスの女子といえば……。

 目に浮かぶのは、コンビニの前にすわりこんで、カップラーメンをすするヒロミたち。

 何気なくふり返ると、エプロンをしたサトミが、長い髪をうしろでわいて、ハミングしながら料理をしている。

「えらい違いだ……」

 じっと見つめるのは恥ずかしいので、おれはときおり、その姿を目のはしで見た。


 だってサトミが、とってもきれいに見えたのだ。



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