1 / 30
プロローグ 不思議な空間(1)
しおりを挟む「ほら見て、あそこ。ね!」
そう言ってサトミは、懐中電灯を夜空にむけた。
「ほんとだ……」
懐中電灯の光が、何もないはずの夜空に反射して、満月のように丸く浮かんでいる。
屋根裏部屋の古びた木製の窓枠越しに見るその景色は、壁にかけられた一枚の美しい絵画でも見ているようだ。
「あの竹林の上だけ、光が反射するの」
さらにサトミは窓から手をのばし、懐中電灯をゆっくりと右へ移動させた。夜霧が立ちこめる暗い竹林の上空を、丸い光が走っていく。
「霧に反射しているんじゃないの?」
「霧のせいなんかじゃないよ。だってほら、右のほうに背の高い あすなろの木 が一本だけとび出しているでしょ。あそこまでいくと……」
夜空に浮かんでいた丸い光が、こつぜんと姿を消した。
おれはサトミから懐中電灯を取りあげて、竹林からひょっこり頭をとび出している、あすなろの木のあたりを何度も往復するように照らしてみた。何度やっても、光はあすなろの木を過ぎたあたりで急に反射しなくなり、その満月のような丸い姿を消してしまう。
目を疑うような光景に、思わずおれは窓枠に体をのりだした。
「あぶない! ここ三階だよ!」
「わかってる。いちおう、腰のあたりを支えてて」
手に持った懐中電灯を今度はゆっくりと左へ移動させる。やはり光は、あるところまでいくと、とつぜん反射しなくなった。
「なにか浮かんでいるのよ、あそこに」
サトミがおれの体を、家のなかに引っぱり入れながら言った。
「浮かんでいるって……。竹林のむこうに、ちゃんと月が見えるよ」
光を反射する不思議な空間のむこうでは、ときおり本物の満月が雲の隙間から顔をのぞかせ、竹林を青くやさしい光で照らしていた。
「だからガラスみたいに透明でさ、とっても大きな……、なにかよ」
「透明で巨大な、なにか……?」
ふり返ったおれに、サトミが目を輝かせてつづけた。
「ねっ! 不思議だったでしょう?」
「えっ………!」
はい、おしまい。
とつぜん、そう言われた気がして、おれは拍子抜けしてしまった。
自分の家の裏庭で起こる不思議な現象の正体など、いつも見慣れているサトミには、どうでもいいことなのかもしれない。
でもおれとしては、あんなものを見せられて、さきほどまでの眠気など、すっかり吹きとんでしまっている。あれが何なのか、気になってしかたがない。
もう一度目を凝らして、なにかあるはずの夜空を見やると、おれは屋根裏部屋をとび出して、暗闇に沈む階段をかけ下りた。
「ねえ! どこへ行くの?」
「確かめてみる! 竹は無理だけど、あのあすなろの木なら、なんとかのぼれるかも」
「やだ! ひとりにしないで!」
「だいじょうぶ! すぐ姿を見せるから、そこから照らしていて。キッチンの勝手口から、裏庭に出られるんでしょ?」
「そうだけど……」
暗闇に包まれた階段のおどり場をすばやくターンして、誰もいない一階へ下りる。ダイニングキッチンに飛びこんだおれは、そのままのいきおいで調理場にかけこみ、奥にある勝手口の細いドアをあけた。
しまった、靴がない!
玄関まで取りに行ってもいいけど、夜中の屋敷にひとりぼっちにされて、サトミはとても怖がっている。はやく姿を見せてあげないと……。
おれは裸足のまま、外にとび出した。
しめった風が、ほおをなでる。
夜つゆにぬれた芝生が、ちくちくと足の裏をくすぐる。
裏庭は、そのまま竹林へつづいていた。
目のまえに広がる竹林は、三階の屋根裏部屋から見ていたときとはまるでちがう。夜の闇がせまってくるような迫力で、ちっぽけな体で見上げるおれを、黒々とした大きな体でおおいかぶさるように見下ろしていた。
「ケンヂくん!」
屋根裏部屋の窓から、サトミが呼びかけてきた。
ふり返ったおれの目に、光が飛びこむ。
「サトミ、あすなろの木を照らして! ここからじゃ、どこにあるかわからないんだ」
おれを照らしていた懐中電灯の光が、ついっとそれて、芝生の上を走りながら、じょじょに竹林へ近づいていく。
「こっちの方向だよ! 竹林に入って、十メートルくらい奥へ行ったところかな」
「サンキュ! そのままずっと、あすなろの木を照らしていて」
懐中電灯の光をたよりに、竹林へむかう。
軽く返事をしたものの、おれの足取りは重たかった。
やっぱり、この暗い竹林のなかを通らないと、あすなろの木までたどり着けないのか……。
竹林の入り口にさしかかったとき、とつぜん強い風が吹いた。ざわざわと音をたてて、竹林がその大きな黒い体をゆさぶる。
まるで侵入してくるおれを、威嚇しているみたいだ……。
そう思ったとたん、次の一歩をふみだそうとしていた足が、地面にくっついて離れなくなった。
「ケンヂくん、どうしたの!」
頭の上から聞こえたサトミの声に背中を押され、ようやくおれは竹林《たけばやし》に飛びこんだ。
「あぶない、あぶない。びびってるの、サトミにバレちゃうところだった……」
竹の葉のかさなりを縫うようにしてさしこむ、わずかな月明かりだけをたよりに、暗闇につつまれた竹林のなかを、一歩一歩、足もとを確かめるようにして歩く。
しきつめられたワラと、しっとりとぬれる土が、足の指のあいだにくいこんだ。
「ふうん。この竹林、タケノコ畑として、しっかり手入れされてるんだ。こんなにふかふかした地面なら、裸足でも平気……、痛てっ!」
「ケンヂくん、だいじょうぶ? どうかしたの!」
「だいじょうぶ! 平気平気!」
安心させるよう、大きな声で返事をした。
「タケノコでもふんだのかな? いまごろ顔を出すなんて寝ぼけたやつめ。あとで引っこ抜いて食べてやる。ええと、あすなろの木はと……」
見上げると、さらさらとゆれる竹の葉のあいだから、懐中電灯の光に照らされたあすなろの木が見えた。
「あれか……」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
児童書・童話
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★
巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?
死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。
終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。
壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。
相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。
軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
あさはんのゆげ
深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。
7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。
千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。
彼は夏時雨の日にやって来た。
猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。
食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。
彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。
彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。
FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。
エブリスタにて公開していた作品です。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
二条姉妹の憂鬱 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
児童書・童話
★巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?★
相棒と軽快な掛け合いでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
激闘の末、魔鬼を封印したメグルとモグラは、とある街で探偵事務所を開いていた。
そこへ憔悴した初老の男が訪れる。男の口から語られたのはオカルトじみた雑居ビルの怪事件。
現場に向かったメグルとモグラは、そこで妖しい雰囲気を持つ少女と出会う。。。
序章
第1章 再始動
第2章 フィットネスジム
第3章 宵の刻
第4章 正体
第5章 つながり
第6章 雨宮香澄
第7章 あしながおじさんと女の子
第8章 配達
第9章 決裂
第10章 小野寺さん
第11章 坂田佐和子
第12章 紬の家
第13章 確信にも近い信頼感
第14章 魔鬼
第15章 煉獄長
終章
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
ペンギン・イン・ザ・ライブラリー
深田くれと
児童書・童話
小学生のユイがペンギンとがんばるお話!
図書委員のユイは、見慣れた図書室の奥に黒い塊を見つけた。
それは別の世界を旅しているというジェンツーペンギンだった。
ペンギンが旅をする理由を知り、ユイは不思議なファンタジー世界に足を踏み入れることになる。
佐藤さんの四重奏
makoto(木城まこと)
児童書・童話
佐藤千里は小学5年生の女の子。昔から好きになるものは大抵男子が好きになるもので、女子らしくないといじめられたことを機に、本当の自分をさらけ出せなくなってしまう。そんな中、男子と偽って出会った佐藤陽がとなりのクラスに転校してきて、千里の本当の性別がバレてしまい――?
弦楽器を通じて自分らしさを見つける、小学生たちの物語。
第2回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる