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第3章 裏世界
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しおりを挟むあれだけマスコミが殺到していた交差点も、夜中の三時ともなると人の気配はまるでなかった。
行き交う車の数でさえ、まばらだ。
そんななか、人目につかないよう街路樹のかげにかくれるようにして立っている、見慣れた黒いワンピースの後ろ姿を見つけた。
「来ないでって、言ったのに」
その背中に声をかけるまえに、美玲ちゃんが言った。
交差点から目を離さずに、左の耳たぶを引っぱっている。
調子が悪いのか、なかなか波長が合わずにいるらしい。
「ようやく見えた……。あいつね……」
美玲ちゃんの言葉をうけて、ぼくも交差点に目を向ける。
黒い塊が、昨夜と同じ場所にあった。
「全身まっくろけの中年男だよ。チャーシューに、お札はもらったの?」
美玲ちゃんは静かに首を横にふると、ゆっくりと男に近づいていく。
もっと近くで様子を見るのか、まさか、お札なしで戦う気なのか……。
とりあえず、ぼくもすかさず、美玲ちゃんの頭に飛び乗った。
黒い塊が、異様に縮こまってうずくまる男だと判別できるほどに近づいたとき、美玲ちゃんの足が止まった。
「なにか、つぶやいている……」
黒い男は体育座りのような体勢で、両膝のあいだに頭を埋めるように座っていた。
ぶつぶつとつぶやいている声が、足のあいだから漏れ聞こえるが、まるで外国語のようで、何を言ってるのかわからない。
と、そのとき、交差点一帯の街灯が、いっせいに消えた。
驚いたぼくは、美玲ちゃんの頭からずり落ちてしまった。
「美玲ちゃん、変だよ! 出直そう!」
そう言って美玲ちゃんを見上げたとき、ぼくの背筋は凍り付いてしまった。
いままで幽霊を前にしても、まったく臆することがなかった美玲ちゃんの背中が、ガタガタと震えていたのだ。
「ヤバい……。こんなの初めて見た……。この幽霊、危険すぎる……」
黒い男から目を離せないまま、恐怖で体が動かない美玲ちゃん。
編上げ靴の靴ひもにかじりついて、うしろへ引っぱろうとしたものの、ぼくの力で美玲ちゃんを引きずることなんて、到底できるはずもなかった。
暗闇に沈んだ交差点で、信号機の赤い光だけが不気味に辺りを照らすなか、うつむいていた黒い男が、ゆっくりと頭をあげる。
ぶつぶつとつぶやいていた男のひとり言が、だんだんとやかましい声に変わり、直接、頭の中にまで響いてきた。
頭の中で反響する、激しいわめき声。
一方的に怒鳴り散らす強烈なその声に、頭が割れそうになったとき、
「怒っているんだよ」
誰かが美玲ちゃんの肩に、そっと手を置いた。
「もう、ひとの言葉も忘れてしまったんだ。長いことあの場所にとどまっていることで、怒り以外の感情も消え失せて、いまは、自分が何者なのかも覚えちゃいない……」
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