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第3章 裏世界
03
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遅れて美玲ちゃんの部屋に入ると、三人はテーブルの上に置かれた、タブレットPCの動画を観ていた。
ぼくも美玲ちゃんの頭に飛び乗り、のぞき込む。
画面には、割れたガラスなどの瓦礫に加え、ペットボトルやお札などが渦巻きながら飛び回る天井の映像が、延々と再生されていた。
タブレットPCが診察室の床に落ちたとき、撮影されていたのだろう。
「やだ、ミッケが映っちゃってるじゃない」
美玲ちゃんが、うっかりぼくの名前をつぶやいてしまった。
見れば確かに、瓦礫と一緒に飛ばされている間抜けな猫の姿が、ときどき画面を横切っている。
「なんや、ミッケって?」
油ぎったメガネをずり上げながら、チャーシューが質問する。
美玲ちゃんは、あわてて言い直した。
「あ、ええと、み、み、三毛猫? きっと廃病院に住みついていたノラ猫ね」
「あらほんと、かわいい~。しかもこの猫、額にお札を貼りつけてない? 超ウケる~」
萌ちゃんに笑われた。
ご昇天されかけていたぼくの姿は、そりゃあ間抜けだろうさ。
「残念ながら、肝心の幽霊どころか、音声さえ録音されていない。ワイが、タブレットPCを床に落としたときに故障してしまったらしい。これ以前に録画したデータも、すべて消えてしまいよった……」
面目なさそうに、チャーシューが肩を落とす。
じつは、しっかりお化けが映っていたけどね。
もちろん、ぼくのことだけど――。
「まあでも、あそこの幽霊はもういなくなったのよ。それはユキさんと、わたしが見ているから保証する。解決できたんだから良かったじゃない」
美玲ちゃんの言葉に、チャーシューがうんうんと力強くうなづく。
「ガチで幽霊と戦ったワイとしても、それはホンマにありがたい。貴重な体験やったが、あんな凶暴な幽霊はもうたくさんや……。
蜂谷も黒崎はんのことほめておったで。真正面から幽霊と向き合って、とっても勇気があるってな」
確かに、きょうぼくが美玲ちゃんについて学校へ行ったときも、美玲ちゃんは優斗くんにいっぱい話しかけられていた。
キラキラした尊敬のまなざしで、美玲ちゃんを見ていたっけ。
「黒崎さん黒崎さんって、美玲ちゃん、すっかりみんなの人気者ね」
そのせいなのか、萌ちゃんは、あからさまに機嫌が悪かった。
「もうひとつ、観てもらいたい動画があるんや」
チャーシューが画面をスワイプして、新しい動画を開く。
そこには、夜の交差点らしき映像が映っていた。
「逢生橋から豊海町方面へ行って、一番はじめにある大きな交差点や。見えるか、横断歩道のはしでうずくまっている、黒い塊が……」
行き交う車のライトで、画面はときどき真っ白になるが、車の往来がなくなると、交差点の横断歩道のはしに、岩のようにたたずむ黒い塊が見えた。
「わたし、ここ知ってる! 夜になると事故ばかり起きるって、とっても有名な交差点だもの!」
萌ちゃんが動画を見て叫んだ。
チャーシューが、美玲ちゃんに向かって続ける。
「目撃者も多数おるんや。この黒い塊が見えたときは、必ず事故が起きるってな……」
「ちょっと待って!」
美玲ちゃんが、テーブルをばしんと叩いて怒鳴った。
「もしかして、またわたしに何とかしてもらうつもり? 冗談じゃないわよ!」
無理もない。廃病院で傷だらけになってから、まだ二日しかたっていないのだ。
「犠牲者が、ぎょうさんおるんや。死者も出とるんやで?」
「もう、そんな言葉にだまされるもんですか。あんたは、決定的な心霊映像を撮りたいだけでしょ? これ以上、わたしを巻きこまないで!」
なおも食い下がろうとするチャーシューに、美玲ちゃんはNOを突きつける。
すると、その様子を不機嫌そうに眺めていた萌ちゃんが、鼻であしらうように言った。
「別にいいじゃない。お化けだろうが幽霊だろうが、またパパッと退治して、優斗くんにほめてもらいなさいよ」
その言葉には、さすがの美玲ちゃんも頭にきたらしい。
「あのね萌、わたしがどんなに大変な思いをしているか知らないくせに、勝手なことを言わないで!」
「何もわからなくて悪かったわね! ちょっと特別な力があるからって、いい気にならないでよ! 見てなさい。わたしにだって、幽霊くらい退治できるんだから!」
萌ちゃんは、絶対に優斗くんには見せないだろう顔でそう怒鳴ると、部屋から出て行ってしまった。
ふだんとっても仲が良い美玲ちゃんと萌ちゃんの喧嘩に驚いたのか、それとも女同士のバトルにド肝を抜かれたのか、チャーシューは呆気にとられている。
「黒崎はん、ええのんか? まさか七海はん、ひとりで……」
しばらくして、ようやく声をかけることができたチャーシューに、美玲ちゃんがぽつりとこたえる。
「行くわけないじゃない。萌は怖がりだし、いつも口だけなんだから」
ぼくも美玲ちゃんの頭に飛び乗り、のぞき込む。
画面には、割れたガラスなどの瓦礫に加え、ペットボトルやお札などが渦巻きながら飛び回る天井の映像が、延々と再生されていた。
タブレットPCが診察室の床に落ちたとき、撮影されていたのだろう。
「やだ、ミッケが映っちゃってるじゃない」
美玲ちゃんが、うっかりぼくの名前をつぶやいてしまった。
見れば確かに、瓦礫と一緒に飛ばされている間抜けな猫の姿が、ときどき画面を横切っている。
「なんや、ミッケって?」
油ぎったメガネをずり上げながら、チャーシューが質問する。
美玲ちゃんは、あわてて言い直した。
「あ、ええと、み、み、三毛猫? きっと廃病院に住みついていたノラ猫ね」
「あらほんと、かわいい~。しかもこの猫、額にお札を貼りつけてない? 超ウケる~」
萌ちゃんに笑われた。
ご昇天されかけていたぼくの姿は、そりゃあ間抜けだろうさ。
「残念ながら、肝心の幽霊どころか、音声さえ録音されていない。ワイが、タブレットPCを床に落としたときに故障してしまったらしい。これ以前に録画したデータも、すべて消えてしまいよった……」
面目なさそうに、チャーシューが肩を落とす。
じつは、しっかりお化けが映っていたけどね。
もちろん、ぼくのことだけど――。
「まあでも、あそこの幽霊はもういなくなったのよ。それはユキさんと、わたしが見ているから保証する。解決できたんだから良かったじゃない」
美玲ちゃんの言葉に、チャーシューがうんうんと力強くうなづく。
「ガチで幽霊と戦ったワイとしても、それはホンマにありがたい。貴重な体験やったが、あんな凶暴な幽霊はもうたくさんや……。
蜂谷も黒崎はんのことほめておったで。真正面から幽霊と向き合って、とっても勇気があるってな」
確かに、きょうぼくが美玲ちゃんについて学校へ行ったときも、美玲ちゃんは優斗くんにいっぱい話しかけられていた。
キラキラした尊敬のまなざしで、美玲ちゃんを見ていたっけ。
「黒崎さん黒崎さんって、美玲ちゃん、すっかりみんなの人気者ね」
そのせいなのか、萌ちゃんは、あからさまに機嫌が悪かった。
「もうひとつ、観てもらいたい動画があるんや」
チャーシューが画面をスワイプして、新しい動画を開く。
そこには、夜の交差点らしき映像が映っていた。
「逢生橋から豊海町方面へ行って、一番はじめにある大きな交差点や。見えるか、横断歩道のはしでうずくまっている、黒い塊が……」
行き交う車のライトで、画面はときどき真っ白になるが、車の往来がなくなると、交差点の横断歩道のはしに、岩のようにたたずむ黒い塊が見えた。
「わたし、ここ知ってる! 夜になると事故ばかり起きるって、とっても有名な交差点だもの!」
萌ちゃんが動画を見て叫んだ。
チャーシューが、美玲ちゃんに向かって続ける。
「目撃者も多数おるんや。この黒い塊が見えたときは、必ず事故が起きるってな……」
「ちょっと待って!」
美玲ちゃんが、テーブルをばしんと叩いて怒鳴った。
「もしかして、またわたしに何とかしてもらうつもり? 冗談じゃないわよ!」
無理もない。廃病院で傷だらけになってから、まだ二日しかたっていないのだ。
「犠牲者が、ぎょうさんおるんや。死者も出とるんやで?」
「もう、そんな言葉にだまされるもんですか。あんたは、決定的な心霊映像を撮りたいだけでしょ? これ以上、わたしを巻きこまないで!」
なおも食い下がろうとするチャーシューに、美玲ちゃんはNOを突きつける。
すると、その様子を不機嫌そうに眺めていた萌ちゃんが、鼻であしらうように言った。
「別にいいじゃない。お化けだろうが幽霊だろうが、またパパッと退治して、優斗くんにほめてもらいなさいよ」
その言葉には、さすがの美玲ちゃんも頭にきたらしい。
「あのね萌、わたしがどんなに大変な思いをしているか知らないくせに、勝手なことを言わないで!」
「何もわからなくて悪かったわね! ちょっと特別な力があるからって、いい気にならないでよ! 見てなさい。わたしにだって、幽霊くらい退治できるんだから!」
萌ちゃんは、絶対に優斗くんには見せないだろう顔でそう怒鳴ると、部屋から出て行ってしまった。
ふだんとっても仲が良い美玲ちゃんと萌ちゃんの喧嘩に驚いたのか、それとも女同士のバトルにド肝を抜かれたのか、チャーシューは呆気にとられている。
「黒崎はん、ええのんか? まさか七海はん、ひとりで……」
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