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第2章 ライオン☆ハート
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オマエモ、ワタシト 同ジ目ニ アワセテヤル……。
老婆のようにしわがれた声が、びりびりと診察室のなかに響く。
黒い影は、さらに煙のように形を変えながら、その口をとがらせた。そして凄まじいまでの勢いで、一気に息を吹き出す。
竜巻が飛び込んだかのような強烈な風が、診察室のなかを渦巻いた。
「なんで、またこいつなの! もういや~」
美玲ちゃんが悲鳴を上げた。声こそちがえど、黒い煙のシルエットは、確かに萌ちゃんの部屋で戦った、あの生き霊とうりふたつだった。
しかし今度は、危険度がまったくちがう。診察室で宙に舞うのは、壁や天井の瓦礫にとどまらず、割れたガラスや、ハサミやピンセットなどの先のとがった金属の医療器具まであるのだ。
一歩まちがえば、取り返しのつかないケガになる。
ナオさんと美玲ちゃんは部屋のすみに逃げ、チャーシューや優斗くんは、頭を抱えてうずくまった。それでも、強烈な風に、体をほんろうされている。
「アチチチ、アチっ! なんだ? 熱っちいよ!」
ぼくはと言えば、体中を蜂に刺されたような痛みに、思わず叫び声をあげてしまった。
どこからか、濡れると焼けるように痛い水が、嵐のときの雨粒のように降ってくるのだ。
見上げれば、床に転がっていたペットボトルが、ぐるぐると部屋のなかを飛び回り、そこらじゅうに、聖水をぶちまけていた。
「ひぃやあああん! この水、なんでぼくにだけ効果があるのさぁ~」
雨のように吹き付ける聖水から逃げ回っていると、今度はぼくの額に、飛んできたお札がピタリと貼り付いた。
そのとたん、ぼくは、なんだか気持ち良くなってしまった。
目がトロンとして、まぶたが落ちる。体がどんどん、軽くなっていく。
「まるで、雲にでもなった気分……。いい気分だぁ……」
部屋中をうめつくしていた怒号や悲鳴が、遠く離れた街の喧噪のように小さくなっていき、目のまえに色とりどりの美しい花畑が広がってきた。
「あ、きれいな川まである……。あの川に、お魚いるかな……?」
ちらちらと陽の光を反射しながら流れる川の水面に、ちゃぽんと手を突っ込んだそのとき、美玲ちゃんの強烈な怒鳴り声が、頭のなかに轟いた。
ばか、ミッケ! もどってきなさいっ!
美玲ちゃんの怒鳴り声で、はっと我に返って目を覚ます。
ぼくの目のまえに、いつのまにかうす汚れた天井が迫っていた。
気を失っているうちに、ふわふわと天井近くまで、ご昇天されかかっていたのだ。
「あのお化けは、幻よ! わたしの頭の中にある、お化けのイメージを利用しているにすぎないのよ! 本体は別にいるはず! 見つけて、ミッケ!」
美玲ちゃんの叫びに、あわてて額のお札を引きちぎってふり返る。
天井から部屋のなかを見下ろすと、いまの状況が手に取るようにわかった。
ゴウゴウとうなりをあげる竜巻のなかで、チャーシューと優斗くんは、すでに目を回して気絶している。
ぼくを見上げる美玲ちゃんは、ナオさんに腕をつかまれて身動きがとれない。
ナオさんはといえば、まるで美玲ちゃんを盾にするようにして、部屋のすみで震えていた。
……いや、ちがう!
ナオさんのいる部屋のすみにだけ、竜巻の影響がまったくなかったんだ。
老婆のようにしわがれた声が、びりびりと診察室のなかに響く。
黒い影は、さらに煙のように形を変えながら、その口をとがらせた。そして凄まじいまでの勢いで、一気に息を吹き出す。
竜巻が飛び込んだかのような強烈な風が、診察室のなかを渦巻いた。
「なんで、またこいつなの! もういや~」
美玲ちゃんが悲鳴を上げた。声こそちがえど、黒い煙のシルエットは、確かに萌ちゃんの部屋で戦った、あの生き霊とうりふたつだった。
しかし今度は、危険度がまったくちがう。診察室で宙に舞うのは、壁や天井の瓦礫にとどまらず、割れたガラスや、ハサミやピンセットなどの先のとがった金属の医療器具まであるのだ。
一歩まちがえば、取り返しのつかないケガになる。
ナオさんと美玲ちゃんは部屋のすみに逃げ、チャーシューや優斗くんは、頭を抱えてうずくまった。それでも、強烈な風に、体をほんろうされている。
「アチチチ、アチっ! なんだ? 熱っちいよ!」
ぼくはと言えば、体中を蜂に刺されたような痛みに、思わず叫び声をあげてしまった。
どこからか、濡れると焼けるように痛い水が、嵐のときの雨粒のように降ってくるのだ。
見上げれば、床に転がっていたペットボトルが、ぐるぐると部屋のなかを飛び回り、そこらじゅうに、聖水をぶちまけていた。
「ひぃやあああん! この水、なんでぼくにだけ効果があるのさぁ~」
雨のように吹き付ける聖水から逃げ回っていると、今度はぼくの額に、飛んできたお札がピタリと貼り付いた。
そのとたん、ぼくは、なんだか気持ち良くなってしまった。
目がトロンとして、まぶたが落ちる。体がどんどん、軽くなっていく。
「まるで、雲にでもなった気分……。いい気分だぁ……」
部屋中をうめつくしていた怒号や悲鳴が、遠く離れた街の喧噪のように小さくなっていき、目のまえに色とりどりの美しい花畑が広がってきた。
「あ、きれいな川まである……。あの川に、お魚いるかな……?」
ちらちらと陽の光を反射しながら流れる川の水面に、ちゃぽんと手を突っ込んだそのとき、美玲ちゃんの強烈な怒鳴り声が、頭のなかに轟いた。
ばか、ミッケ! もどってきなさいっ!
美玲ちゃんの怒鳴り声で、はっと我に返って目を覚ます。
ぼくの目のまえに、いつのまにかうす汚れた天井が迫っていた。
気を失っているうちに、ふわふわと天井近くまで、ご昇天されかかっていたのだ。
「あのお化けは、幻よ! わたしの頭の中にある、お化けのイメージを利用しているにすぎないのよ! 本体は別にいるはず! 見つけて、ミッケ!」
美玲ちゃんの叫びに、あわてて額のお札を引きちぎってふり返る。
天井から部屋のなかを見下ろすと、いまの状況が手に取るようにわかった。
ゴウゴウとうなりをあげる竜巻のなかで、チャーシューと優斗くんは、すでに目を回して気絶している。
ぼくを見上げる美玲ちゃんは、ナオさんに腕をつかまれて身動きがとれない。
ナオさんはといえば、まるで美玲ちゃんを盾にするようにして、部屋のすみで震えていた。
……いや、ちがう!
ナオさんのいる部屋のすみにだけ、竜巻の影響がまったくなかったんだ。
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