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第1章 萌の部屋にいたものは

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 ぼくの背中の毛は、いつのまにか逆立っている。
 何ができるかわからないけど、今度こそ美玲みれいちゃんの力になりたい。そう思って見上げると、美玲みれいちゃんはとっても冷静に、目の前の男を見つめていた。

「その眼帯……。目を怪我したんですか?」

「ああ、ちょっとね……。居眠りしているあいだに、何かの破片で切ったらしい。まったく、ついてないよな……」

 男の背中ごしに、パソコンのモニタが青白い光を発している。

「また、ネットゲームをしていたんですか?」

 美玲みれいちゃんがそう言うと、男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべて首を横にふった。

もえに聞いたのか? もうネットゲームからは、きっぱり足を洗ったよ。
 いまはパソコンでイラストを描いていたんだ、でも、もう昔のように描けないな。ずっと仕事をさぼって、描いてなかったから……」

 美玲みれいちゃんと男の会話で、ようやくぼくは、目の前の男がもえちゃんの父親だと気付いた。

 だって、あんなに立派なマンションに住んでいるもえちゃんと、こんなボロアパートに住んでいる男が、どうしても親子だなんて思えなかったからだ。

もえちゃん、会いたがっていましたよ。もっと、頻繁ひんぱんに会えるようにしてください。じゃないと、もえが困るんです」


「おれだって会いたいよ。いつも心配している。でもあいつが……、もえの母親が許さないだろう? あいつは、おれに罰を与えてるんだ。父親としての役目を果たしてこなかったから……」

 もえちゃんの父親は、イライラと貧乏ゆすりを始め、また座卓の上のタバコに手をのばした。
 一本取り出し、口にくわえようとする。

「なら、奥さんに頭を下げてでも、早くもえと暮らせるようになってください」


「子どものくせに、そんなこと簡単に言うなっ!」

 もえちゃんの父親が、握ったタバコの箱を床に投げつけながら怒鳴った。


「あ、あいつは……、もえの母親は、もともとおれのクライアントで、昔っから口うるさくて、強情で……。
 あいつは、一度決めた事はがんとしてゆずらないし、おれには、どうする事もできない!
 おお、大人の事情ってのが、あるんだよ!」

 すると美玲みれいちゃんは、ゆっくり息を吸ってから、さらに大きな声で怒鳴った。



「大人の事情なんて知るか! そんなもの、子どもに押し付けるなっ!」



 美玲みれいちゃんの怒鳴り声が、部屋じゅうにこだました。
 ぼくはびっくりして腰を抜かし、もえちゃんの父親は、くわえかけたタバコを口からぽとりと落とした。

もえの部屋で、怪奇現象が起こるんです。もえは仕事でお母さんが出かけているあいだ、ずっと一人で、その恐怖と戦っているんです。
 なのにあなたは、もえのお母さんと向き合うことから逃げているくせに、もえにふり向いてもらいたいという、自分勝手な感情ばかり押し付けて……。
 心配してるなんてウソよ! 本当はあなた自身が助けてほしくて、もえを逃げ場所にしているだけじゃない! そんなの、父親として情けなくないんですか!」

 呆然と聞いていたもえちゃんの父親が、急に立ち上がった。
 ぼくは美玲みれいちゃんが襲われないよう、もえちゃんの父親に飛びかかった。

 勇気ある判断だ。
 誇りある勇者にしかできない、英雄的な行動だ。

 が、するっともえちゃんの父親の体をすり抜けて、部屋の奥にある流し台の下に転がり落ちてしまった。
 カップラーメンやペットボトルのゴミにまみれながら、急いでふり返る。


 もえちゃんの父親は、美玲みれいちゃんの目の前で仁王立におうだちしていた。


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