上 下
6 / 61
第1章 萌の部屋にいたものは

しおりを挟む
「じゃあ、しばらく一人で様子を見てみるから、もえは部屋の外で待ってて」

 美玲みれいちゃんはそう言うと、ぼくのおしりをぽんっと蹴って、部屋の中に押し入れた。
 続いて美玲みれいちゃんも部屋に入り、ドアを閉める。
 いつもなら、「蹴るなんて、ひどい!」と怒鳴るところだけど、ぼくはお化けの気配に集中することでいっぱいだったから、怒るのも忘れていた。


「ねえ、お化けいる?」
 しんと静まり返った室内に、しだいに強く降り始めた雨の音が響いている。

「う~ん。なにか感じるんだけど、やっぱりちょっとうすいのよね」

「……うすい?」

「うん。もしかしたら、ポルターガイストかも」

「ポルターガイスト? それ、どんなお化け?」


「お化けじゃないよ。わたしぐらいの子どもがいる家で、よく起こる現象よ。
 もえ、両親が離婚したばかりで、ママも仕事でよく家をけて、いつも一人ぼっちでしょ? もえ自身も気付かないうちに、不安や精神的なストレスがたまっているのかもね。
 そのうっせきしたストレスのパワーが、自分でも気付かないうちに発散はっさんされて、部屋の物を動かしたり、物音を立てたりするの」

 とたんにぼくの緊張の糸は、ぷつりと切れてしまった。はじめてお化けに出会えると期待していたのに、その正体は、もえちゃん自身のストレスとはね。

「なあんだ。じゃあ、解決方法は簡単だね。もえちゃんに、『まあまあ落ち着いて、ストレス発散はっさんにカラオケでも一緒にどぉ?』って誘えばいいんだから」

 ぼくの提案に、美玲みれいちゃんはため息まじりで肩をすくめた。

「ばかね、心の問題ってのは、そんなに簡単じゃないの!
 だいたいあんた、お化けじゃないとわかったとたん、ずいぶん余裕じゃない?
 さっきドアのすきまから部屋の中をのぞいたとき、体中の毛が逆立さかだっていたの知ってるんだからね! ほんとはちょっと、ビビってたんじゃないの?」

 美玲みれいちゃんのするどいツッコミに、ぼくは自分でも認めたくなかった本心を見抜かれたようで、すっかり動揺してしまった。
 たしかに、仲間に会えるという期待より、ちょっと恐怖心の方が、上回っていたかもしれない。


「ばばば、ばか言ってらあ! そ、そんなわけないよう!」

「あら、図星ずぼし~。お化けのくせにお化けが怖いなんて、超ウケるんですけど~」

「その、ひとを小バカにしたようなしゃべりかた、やめろ~!」

 と、美玲みれいちゃんに飛びかかろうとしたとたん、美玲みれいちゃんは一点を見つめたまま固まってしまった。
 ふだん見せたことないような真剣なまなざしで、学習机を見つめている。


「なにそれ。わかりやすい演技しちゃってさぁ。ぼく、だまされないからね!」

 だけど美玲みれいちゃんは、何もこたえずに、おもむろに左の耳たぶを指でつまんだ。
 ゆっくりと引っぱったり、戻したりしている。

「ねぇ、なにしてるの?」

「黙って! いま波長はちょうを合わせているんだから!」


 いつのまにか部屋の空気が、ぴんと張りつめていた。
 バチバチと激しく窓を打ちつける雨音だけが、室内に響いている。

 ぼくはすがるような気持ちで、美玲みれいちゃんを見上げた。
 美玲みれいちゃんは、ぼくと視線を合わすことなく、ずっと一点を見つめたままつぶやいた。


「やっぱりこの部屋、なにかいる!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...