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第1章 萌の部屋にいたものは

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「ミッケ、降りて。重たいよ~」

 日曜日の午後、ぼくたちは、豊海とよみ町にあるもえちゃんの家に向かっていた。
 いつも通りの黒いワンピースに身を包んだ美玲みれいちゃんの頭の上に乗り、ぼくは透明なビニール傘を通して、どんよりと重くるしい雲が広がる空を見上げていた。
 ぱらぱらと落ちてくる水玉が、目の前ではじける。

「だって、濡れちゃうもん。ぼく雨きらい」

「あんた、お化けでしょう。雨なんて関係ないじゃない」

「気分だよ。美玲みれいちゃんだって重たくないでしょ? ぼく、お化けなんだから」

「重たいの。なんか、ずっしりくるのよ。気分的に……」

 そんな口喧嘩をしているあいだに、もえちゃんの住むマンションに到着した。
 ぼくは美玲みれいちゃんの頭の上から飛び降りて、三十階はありそうな高層マンションを見上げながらたずねた。

「でも、なんで助けることにしたの? 恋敵こいがたきなのにさ」

「それとこれとは話が別、友だちなんだから、困っていたら助けるに決まってるでしょ」

 あたりまえのようにそう言った美玲みれいちゃんが、ちょっぴりカッコイイと感じた。
 エントランスで、部屋番号を入れる。

美玲みれいちゃん、来てくれてありがと~。どうぞ、あがって、あがって! いまロック解除したから」

 みょうにあわてているもえちゃんの声が、スピーカーから聞こえてきた。同時に、透明なドアがするりと開いたので、ぼくらはマンションの中へ入った。

「かなり新しいマンションだね。お化けなんかいなさそう」

「いるところには、どこにだっているのよ」

 美玲みれいちゃんとふたりでエレベーターに乗り込む。驚くほど静かに上がっていく空間の中で、ぼくの緊張もぐんぐんと高まってくる。

「なら、このエレベーターにもお化けいる? 耳がキーンとして、なんか不気味じゃない?」

「ここにはいないわよ。それに不気味ってなによ? あんたの仲間でしょ?」

「仲間って言ったって、ぼくみたいに人当たりのいいお化けとは限らないし……。あ~、なんかドキドキする!」


 すると美玲みれいちゃんは「お見合いでもするみたい!」と、声を上げて笑った。



 エレベーターのドアが開くと、すぐ目の前にもえちゃんがいた。おしっこでも我慢しているみたいにその場で足踏みしながら、美玲みれいちゃんの腕にしがみつく。

「今日みたいにママがいないときに限って、いっつも現れるの! さっきも学習机の本がガタガタゆれたり、ドアが勝手に開いたり……」

 そのまま美玲みれいちゃんの腕を引っぱって通路を走り、強引に自分の家にまねき入れた。
 家の中は白を基調とした、とても明るいさわかな空間だった。
 何もかもきれいに整頓されていて、グレープフルーツとかライムみたいな、甘酸っぱい柑橘系かんきつけいのアロマまでかれている。
 まぁ、人間にはさわやかで良い香りなんだろうけど、猫のぼくはちょっと苦手。


「どお、なんか感じる?」

 もえちゃんが不安そうな顔で、美玲みれいちゃんにたずねる。

「ん~。まだ、ちょっとわからないなぁ……。もえの部屋を見せてくれる?」

 もえちゃんは自分の部屋の前まで案内すると、さっと美玲みれいちゃんの背中にかくれた。

「わたしはもう怖くて部屋に入れない。美玲みれいちゃん、ひとりで入って」

 美玲みれいちゃんは部屋のドアを少しだけけて、室内をのぞき込んだ。
 ぼくも恐る恐る、そのすきまから部屋の中をのぞく。

 窓の外に雨雲が広がってるせいか室内は薄暗かったけど、もえちゃんらしい、やわらかなパステルカラーで統一された部屋は、まるでお化けなんか出る雰囲気じゃない。


「じゃあ、しばらく一人で様子を見てみるから、もえは部屋の外で待ってて」


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