化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏

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プロローグ 美玲ちゃんとの出会い

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 ぼくは化け猫。名前は忘れた。
 いつ、どうやって死んだのかも覚えていない。

 だけど一ヶ月前、いつものように逢生橋あいおいばしのらんかんの上で居眠りしていたぼくに、ただひとり話しかけてくれた女の子からは、ミッケと呼ばれている。

 どうせ、ぼくが三毛猫だからという単純な理由なんだろうけど、まあまあ気に入っているから、ミッケという名前で呼んでくれていいよ。

 もちろん、ぼくの姿が見えるならね。




 ★プロローグ 美玲ちゃんとの出会い★


「あんたさぁ、ちょっとは気を使ってよ。毎日毎日、そんなところでのんびり居眠りなんか見せつけて、人間をバカにしてるんでしょ? 毎朝あきもせず行列つくって学校に通って何が楽しいの? ぼくはこんなに自由だよ~ってさ」

 青天せいてん霹靂へきれきとは、まさにこのことさ。
 と言っても、青天せいてん霹靂へきれきなんてむずかしい言葉の意味、知っている子なんかいやしないだろうから、ぼくが説明してあげる。

さおに晴れた空から、とつぜん稲妻いなずまが落ちてくる』という意味だよ。

 木々の新緑しんりょくがまぶしい五月の朝は、たしかによく晴れた気持ちのいい空だったけれど、ぼくは本当に稲妻いなずまに打たれたような衝撃をうけたんだ。
 だって、ほくの姿が見える人間になんて、はじめて出会ったからね。


「きみ、ぼくが見えるの?」

 驚いて顔を上げたぼくの瞳に、同じようにぽかんと口を開けて驚いている、黒のワンピースにランドセルを背負った、かわいらしい女の子が映った。

「ねえ、聞いてる? ぼく、はじめて話しかけられたんだ!」


「ぎゃあああああああ~~~~!」


 その子は、とつぜん悲鳴を上げると、かごから逃げ出した小鳥のごとく飛ぶように走って、人間たちの行列のなかに姿を消してしまった。

「なんだい、自分から話しかけてきたくせに、変なの!」

 ぼくはふんっと鼻を鳴らして、逢生橋あいおいばしのらんかんから歩道に飛び降りた。
 歩道に、さっきの女の子が落としたらしい巾着袋が転がっている。名前の欄に、五年三組 黒崎くろさき美玲みれいと書かれていた。

美玲みれいちゃんか。ようやく出会えた、友だちだと思ったのに……」

 化け猫になってはじめの数ヶ月は、人間やほかの野良猫たちに、自分がここにいることを必死に知らせようとした。けれど誰一人として、ぼくの姿や声に気付くものなんていなかった。

 運命の人と出会える、逢生橋あいおいばし――。

 そんな言い伝えのあるこの橋で、毎朝、人間たちの行列を眺めながら居眠りするのは、もしかしたら、ぼくの姿が見える人間と出会えるんじゃないかと、ちょっぴり期待していたからだ。

「でも、もうあきらめよう。ひとりぼっちの世界にも、いいかげん慣れたよ」

 同じ場所にいるのに、ぼくと彼らは、別々の世界に住んでいる。

「せめて、ほかのお化けにでも会えれば、少しは寂しさもまぎれるのに……」

 ぼくはため息をつくと、橋げたの下のすきまにかくれるようにもぐり込んで、本格的な眠りについた。


         *


「あ、み~っけ! いつものところにいないんだもん。心配したよ」

 とつぜん話しかけられて、すっかり寝ぼけていたぼくは、まだ夢の中にいるんだと思った。

 ぼんやりと目を開けると、今朝出会った美玲みれいちゃんが、すみれ色に染まりはじめた夕空を背にしてしゃがみ、ぼくの顔をのぞき込んでいる。

(夢の中にまで出てくるなんて、ぼくは話しかけられたことが、よっぽど嬉しかったんだな。でも、もうあきらめた。朝の出来事は、きっとなにかのまちがいだよ……)

 そう思って、また眠りにつこうとしたとき、ぼくの鼻先を香ばしい匂いがくすぐった。

「今朝はいきなり悲鳴なんか上げちゃってごめんね。これおわびのアジフライ。今日の給食のおかずだったんだけど、あんたのために食べずにとっておいたの。
 ……さあ、遠慮しないで。ごはん食べるのなんて、久しぶりでしょ?」

 ぼくは思わず、目の前にぶら下げられた金色こんじきのアジフライに飛びついた。
 カリじゅわっと香ばしい油が口の中に広がって、その後にホロホロとくずれる白身魚の食感が、とっても懐かしく感じた。

 ごはんを食べるのなんて、いつ以来だろう? ほおばるぼくの目から、ぽろりと落ちた涙で、ちょっぴりしょっぱくなったアジフライを一気にたいらげる。

 ぼくの世界では、アジフライは消えてなくなっちゃったけれど、美玲みれいちゃんの世界では、まだアジフライは美玲みれいちゃんの指につままれたまま、目の前をゆらゆらしている。

「もう食べた? おなかいっぱいになった?」

 にこにこしながら聞いてくる美玲みれいちゃんに、ぼくは大きくうなづいた。

「ごちそうさま。久しぶりのごはん、とってもおいしかったよ。……でも、なんでいまは平気なの? ぼく化け猫なんだよ」

 ぺろりと口のはしについた油をなめながら、ぼくはたずねた。

「知ってたよ。わたし、昔っからお化けとか幽霊とか、よく見るもん」

「じゃあ、なんで今朝は悲鳴を上げて逃げたのさ?」

「だってあんた、しゃべるじゃん! しゃべる猫ってどんなオカルト? そんなの、めちゃくちゃ驚くに決まってるでしょ!」

「お化けよりも、しゃべったことに驚いたの?」

 あったりまえじゃない。とでも言うように美玲みれいちゃんはうなづくと、丸々残ったアジフライを、ふた口、み口でたいらげた。

「おそなえしたあとの食べ物って、ちょっと薄味になるのよね。カロリーも半分くらいになってもらわないと割に合わないわ……。
 わたし、黒崎くろさき美玲みれい。よろしくね」

 ぺろりと指についた油をなめて、ぼくに手を差し出す。
 ぼくは美玲みれいちゃんの白くてやわらかそうな手に、ぽんっと自分の手をのっけた。

「こちらこそ、どうぞよろしく」

 美玲みれいちゃんが、にっこりと笑ってくれた。


 美玲みれいちゃんは、ぼくが化け猫になってから、はじめて出来た友だちなんだ。

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