82 / 86
第14章 導くもの
07
しおりを挟む「ごらん。サヤカがまた生まれる」
一匹の蛆が、また泥の中から顔を出した。
うねうねともがきながら泥から抜け出したサヤカの体は、みるみるうちに親指ほどの大きさにまで成長した。
できたばかりの小さな目玉で、己に賦された新しい世界、地獄界の惨憺たる有様をじっと見つめている。
(十界の最下層であるこの地獄界で、サヤカは何を見て、何を思うのだろう……)
メグルは再び消え入りそうになる意識をぐっと堪えて、サヤカを見守っていた。
すると、ひとりの赤ん坊が目敏くサヤカを見つけ出した。成長すればするほど、この沼では目に付きやすく危険が増すのだ。
赤ん坊は両手で泥を派手に叩きながら、地響きを立ててサヤカのもとへやって来る。
「やめろ! サヤカに近づくなっ!」
思わず叫ぶメグル。
その声が地獄界の住人に聞こえるはずもなかったが、なぜか赤ん坊は足がもつれて前のめりに転び、巨大な顔を泥に沈めた。
赤ん坊から逃れることができたサヤカの体はさらに大きくなり、徐々に手足のようなものが生えてきた。
しかし安堵するのも束の間、生えたばかりの手足で、よろめきながら立ち上がろうとしたとき、転んでいた赤ん坊が再びやって来て、自分の体の半分にも満たないサヤカの横腹に頭突きした。
サヤカは泥の沼を転がり、そのまま動かなくなってしまった。
(がんばれサヤカ、諦めるな……!)
メグルの悲痛な願いが届いたのか、サヤカは小さな呻き声を漏らしながらも、泥だらけの顔を上げた。その体は、もう他の赤ん坊たちと変わらないまでに成長している。
サヤカは震える足で立ち上がると、足もとでうごめく蛆には目もくれず、蛆を潰して這いまわる仲間のもとへ向かった。そしてひとりの赤ん坊の腕をつかみ、ずるずるとその体を引っぱり岸へと向かう。
サヤカの思いがけぬ行動に、困惑しながら見つめるメグル。
遊びを邪魔された赤ん坊は手足をばたつかせて暴れだすが、それでもサヤカはその手を離さなかった。
他の赤ん坊たちが異変に気付いて、サヤカを取り囲む。
殴られ、蹴られ、血を流しながらも、サヤカは赤ん坊の腕を決して離さず、岸に向かって泥の沼を這い続けた。
「何してるんだサヤカ! 手を離せ! 構わずひとりで岸に上がるんだ!」
メグルの必死の願いも叫びも、もう届くことはなかった。
サヤカは最後まで手を離さず、岸を目前に精根尽き果て、泥に倒れた。
赤ん坊たちは、なおも執拗にサヤカを蹴り続け、その体は、ついに泥の中へと消えた。
「ああ、サヤカ……。あと少しで岸に上がれたのに、なんで……」
……わからぬか。
煉獄長は消え入りそうなメグルの声を聞きながら、サヤカの想いを感じていた。
彼女はお前の愛情に応えたのだ。魂は愛情をもらった者に似て育つ。サヤカの行動はメグルよ、お前の行動そのものなのだ……。
そのとき――。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
ホラー
★巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?★
相棒と軽快な掛け合いでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
激闘の末、魔鬼を封印したメグルとモグラは、とある街で探偵事務所を開いていた。
そこへ憔悴した初老の男が訪れる。男の口から語られたのはオカルトじみた雑居ビルの怪事件。
現場に向かったメグルとモグラは、そこで妖しい雰囲気を持つ少女と出会う。。。
序章
第1章 再始動
第2章 フィットネスジム
第3章 宵の刻
第4章 正体
第5章 つながり
第6章 雨宮香澄
第7章 あしながおじさんと女の子
第8章 配達
第9章 決裂
第10章 小野寺さん
第11章 坂田佐和子
第12章 紬の家
第13章 確信にも近い信頼感
第14章 魔鬼
第15章 煉獄長
終章

終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。


彼女が真実を歌う時
傘福えにし
ミステリー
ーー若者に絶大な人気を誇る歌手の『ヒルイ』が失踪した。
新米刑事である若月日菜は『ヒルイ』と関わりのあった音楽療法士の九条凪とともに『ヒルイ』を見つけ出そうとする。
ヒルイの音楽に込められた謎を解き明かしていく中で日菜たちが見つけた真実とは。
愛、欲望、過去、そして真実が交差する新感覚音楽ヒューマンミステリー。
第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしております。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる