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第14章 導くもの

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煉獄れんごく長様は残酷だ。人間をいじめて楽しんでいるんだ。本当に救う気があるなら、魔鬼なんか皆殺しにすればいいじゃないか」


 「それで魔鬼と争うたかメグルよ。それは管理人の仕事ではない」

 「ならどうしろというんだ! 魔鬼に操られて罪を犯す者や、苦しむ者がいるというのに、煉獄れんごく長様は魔鬼を放っておけと言うのですか!」

 睨みつけるメグルに煉獄れんごく長は両手を大きく広げると、目を閉じて深く息を吸った。

 その息をゆっくりと吐きながら、広げた両手を自らの胸に押し当てる。

 「感じるのじゃ。六道ろくどうを含む十層界じっそうかいは大宇宙にありながら、我ら小さき魂の中にもある。真如しんにょ界も魔界も、お前の心の中に対をなして存在する。左手が憎いと右手で打つかメグルよ。憎しみも痛みもおのれの中から消えぬぞ。それは救いではない」

 煉獄れんごく長はメグルの魂にうったえかけるように、やさしく説いた。

 しかし、メグルは煉獄れんごく長から目をそむけて叫んだ。

 「ぼくはあなたほど利口じゃないし、非情にもなれない! 怒りや憎しみを持ってでも、目の前で苦んでる者のために戦いたい! それができないなら、こんな仕事辞めてやる! 愛する家族の顔や名前を忘れてまでやる仕事じゃない!
 ぼくの妻と子どもは、やつらの悪意に巻き込まれたんだ! ぼくの大切な人が、魔鬼に命をもてあそばれたんだ! 誰も救うことができない管理人なんて、もう沢山だ!」

 激高するメグルを、煉獄れんごく長はただ見つめていた。
 流れる雲が月を隠す。

 月明かりに照らされていた部屋が再び闇に包まれたとき、煉獄れんごく長が静かに口を開いた。


 「ならば辞めればよい。何もせずとも一年後には迎えが来よう。お前には少々、期待が過ぎたようじゃ……」

 煉獄れんごく長がゆっくりと立ち上がる。同時にその姿が、かすみのように揺らいで消えた。

 静まり返った部屋には、流し台の蛇口から落ちる、しずくの音だけが響いていた。


          *


 どのくらい時間が経ったのか――。

 毛羽けば立った畳を見つめたまま放心していたメグルは、どこからか聞こえてくるベルの音に気が付いた。小さくこもった音で、耳を澄ませば、この部屋のどこかで鳴っている。

 のそりと立ち上がり、音の出所でどころを求めて狭い部屋をさまよい歩いていると、その音が押入れから聞こえてくるのがわかった。押入れを開け、押し込んであった布団をどける。こもった音がはっきりとしたベルの音に変わった。

 メグルは音の正体を引っぱり出した。途切れたらせんのコードがだらりと垂れる。押入れの奥でびりびりと震えながら甲高い声で鳴いていたのは、古めかしい黒い受話器だった。

 この受話器は、メグルが煉獄れんごくからこの部屋に堕ちてきたとき、ちゃぶ台の下にまとめて置いてあったガラクタ『管理人七つ道具』のひとつだ。電話機本体と繋がっていないので、壊れていると思って押入れに放り込んでおいたのだ。

 騒がしい受話器を睨みつつ、メグルはただ無気力に受話器を耳に当ててみた。
 ベルの音が、ぴたりと止まる。


 「メグルか? おいらだよ。聞こえるか?」



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