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第14章 導くもの
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しおりを挟む共同アパートの古ぼけたドアを剥ぎ取るようにして開けると、真っ暗な玄関のなか、履いている靴を脱ぎ捨て、階段を駈け上がった。
暗闇へとまっすぐにのびる廊下をはさんで並ぶドアの、左側一番手前『五番』のドア。
メグルは深く息を吸うと、そのドアを勢いよく開けた。
薄暗い部屋の奥に大きな人影が見える。
あぐらをかいて座っているのに、いまにも天井に頭がつきそうなほど巨大な人影だ。
部屋にいつものカビ臭さはなく、ほのかに白檀の香りが漂っている。
メグルは部屋の中に一歩足を踏み入れると、ドアを閉めてその場に正座した。
窓から入る月の光が、流れる雲の隙間を縫って明るさを増していく。
部屋の奥に座る人影が、徐々に足もとから照らし出されていった。
闇に溶け込むような全身至極色の着物に、黒く長いあご髭が垂れ下がっている。つるりとした髪のない頭には、銀の刺繍が施された頭巾を被っていた。
細面のわりに彫りが深く、ぎょろりとした銀色の瞳がメグルを見下ろしている。しかし威圧感はなく、むしろやさしさを感じる眼差しだった。
「久しぶりだのうメグル。……と言っても、きみを送り出してから煉獄では三日も経っとらんがの。わしが中有を管理しておる、人呼んで煉獄長の閻魔 羅闍。よろしくな」
差し出された大きな手には目もくれず、メグルは畳に額をこすりつけて叫んだ。
「煉獄長様、お願いします! サヤカを助けてください!」
土下座して懇願するメグルを見つめたまま、煉獄長は長いあご髭を軽くなでた。
「……あの娘か。彼女は自ら命を絶ったのだ。十層界の掟において自殺は大罪とされている。いま頃、地獄界に堕ちておるだろう」
なおもメグルは畳み掛けた。
「それは魔鬼に追い込まれたからです。どうか煉獄長様の力で救ってください!」
「メグルよ。自ら命を絶つ者は、誰もが心を闇に捕われておる。例外はない」
メグルは顔を上げると、煉獄長の銀色の瞳をまっすぐに見つめながら訴えた。
「サヤカは母親にひどい仕打ちを受けたのです。死ぬことしか考えられぬほどに。それが試練だというのですか!」
「うむ……。あの娘に残された最後の試練とは、確かにあの境遇のなかにあった」
「悪いのは母親じゃないか! サヤカは苦しんだんだ! 耐えるのが試練だというのですか?!」
「あの娘が進むべき道は耐えることではない。むろん死ぬことでもない。他に道はあったのじゃ」
「じゃあ、どうすれば良かったっていうんだ!」
「それはお前に教えることではない。こたえは、あの親子が見つけなくてはならぬ」
「親子……?」
メグルは立ち上がり、煉獄長に掴みかかろうとした。
しかし見えない壁に弾かれて背中から転がり、部屋のドアに頭を打って崩れるように倒れた。
体を起こしながらも、どうすることもできない自分が情けなくて、そのままぐすぐすと泣きだす。
その姿を見た煉獄長は、長い息を吐くとともに静かに口を開いた。
「……あの親子。サヤカと母親は同じ試練を持っておる」
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序章
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