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第14章 導くもの

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 闇と共に現れた紅い月が、白く輝きを増しながら東の夜空を昇っていく。
 月明かりに青白く照らされた旧校舎六階の廊下に、硬い靴音が近づいてくる。


 「メグル、残念だったな。どう転んでもサヤカは助からねぇ。仕方なかったんだ」

 サヤカを抱いたまま、うずくまっているメグルに声をかけたのはモグラだった。

 メグルは何もこたえない。

 と、どこからか、電話のベルの音が聞こえてきた。
 モグラはおもむろにシルクハットを頭から取ると、まるで手品のように中から黒い受話器を取り出し、そのまま耳に当てた。

 「なんでぇジジイか」

 悲しみに暮れているメグルには、モグラが誰と話そうと関係ない。その声は遥か遠い街の喧噪けんそうのように耳に入っていなかった。

 「けっ、何言ってやがる。どっからのぞいてんのか知らねぇが、いつもお見通しのクセによう。ご覧の通り越界門えっかいもんをぶっ壊して魔鬼を一匹撃退よ! おっぱじまるぜ。天魔との大喧嘩がな!」

 モグラはメグルに背を向け、押し殺した声で怒鳴った。

 「すっとぼけやがって! 平身低頭、事なかれ主義のあんたら役人は、いつも腑抜けばかり送り込んでくる。なのにメグルはどうだ。自尊心が強いうえに喧嘩上等、『修羅しゅら界』丸出しじゃねぇか。こうなることがわかってたんだろうがっ!」

 それからしばらく不満げな態度で相づちを打っていたモグラは、やがて 「ちぇ……。わかったよう」と言い残すと、シルクハットの中に受話器を戻して、再び頭に被った。

 そしてサヤカを抱いたまま、うずくまっているメグルに声をかける。


 「アパートへ戻れメグル。煉獄れんごく長の呼出しだ」

 メグルがようやく、泣き崩れた顔を少しだけ上げた。


 「……なんで煉獄れんごく長が、モグラに連絡してくるんだ」

 「長いこと管理人の手伝いをしてっからな。あとのことはおいらにまかせて、行けメグル」


 メグルはまどろんだ我が子をそっとベッドに寝かせるように、サヤカの体をやさしく廊下に横たえた。

 慈愛に満ちたその瞳は、立ち上がり、乱暴に涙をぬぐったとたん、射るような鋭い視線に変わっていた。


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