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第13章 麦わら帽子

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「助けて欲しいんじゃない。愛して欲しかった……」

 差し出された、血まみれの手――。
 迂闊うかつに近寄れば、鋭く尖るその爪で、またたに体を引き裂かれるかも知れない。

 だがメグルには血まみれのその手が、求めては裏切られ、傷付きながらも必死に愛をつかもうと、もがいているように見えた。

 「ぼくにはわからないんだ」

 メグルがサヤカのもとに歩みだす。
 サヤカの瞳には、求めても得られなかった愛情への渇望かつぼうの色が、確かに宿っている。

 「なんでサヤカのお母さんが、サヤカから目をそむけるようになったのか。サヤカを見つめるやさしい眼差しが、どこへ行ってしまったのか……。サヤカがこんなにも、求めているというのに……」

 そして差し出された血まみれの手を、力強く握りしめた。

 「ぼくにはなんの力もない。サヤカが求めているのは、お母さんだから……。
 お母さんが笑いかけてくれたら、それだけでサヤカは幸せになれたというのに……。
 ぼくがサヤカのお母さんだったら、サヤカのことを、思いきり抱きしめてあげるのに……」

 自分の無力さに、メグルの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 その姿を見つめていたサヤカが、とつぜん自分の頬をさわった。
 頬を伝う自分の涙に驚くサヤカ。

 そのとたん、全身を包んでいた黒い霧が、内側から発するまばゆい光に吹き飛ばされた。

 漆黒に染められたワンピースは白く、肌には血色が戻っていく。
 鋭く尖った爪は消え、メグルの手の中で、覚えのある、あのやわらかな手の感触がよみがえる。


 「わたし、もう一人きりだと思ってた……。この世界でわたしを愛してくれる人は、もう誰もいないかと……」

 「一人じゃないよ! ぼくやトモルが一緒にいる! きみは愛に包まれてる!」

 メグルはサヤカの手を両手で握りしめた。
 人間と魔鬼とのあいだを危うく揺れ動くサヤカの魂を、二度と再び魔鬼に奪われないように。

 そして……。

 脳裏をよぎるモグラの言葉をふり払うように、メグルはその手に力を込めた。
 やわらかく温かなサヤカの手に、命の温もりが感じられる。


 (サヤカは生きている!)

 メグルは喜びにあふれる涙をそのままに、サヤカに笑いかけた。
 サヤカも涙を流したまま、微笑む。

 「ずっと夢を見てたみたい。それとも、まだ夢なのかな……? 目を覚ましてあの部屋にいたとしても、わたしまだ、生きていける気がする……」

 「夢じゃないよ! もう一度きみはやり直せる! 今度こそ精一杯、幸せになるんだ!」


 ……しかし、その微笑みが長く続くことはなかった。

 サヤカの瞳から次第に光が失せ、視線が宙をさまよう。
 握っていた手からは、温もりまでもが消えていく。


 『魔鬼を体から追い出したところで、その者は自ら命を絶っている。十層界の掟において自殺は大罪。試練星の数に関係なく、地獄界へ直行だ』

 モグラの言葉が再び脳裏をよぎり、メグルはその場にくずおれた。

 しかしその手は決して離さず、サヤカの魂をつなぎ止めるように両手で包み込み、額に押し付け必死に祈った。


 「お願いサヤカ、逝かないで。せっかく魔鬼から魂と体を取り戻したんだ。これで終わりだなんて、悲しすぎるじゃないか……」

 懇願こんがんするメグルの言葉に、サヤカが再び意識を取り戻した。
 うつろな瞳でメグルを見つめると、血染めの手を必死で握るメグルの両手に、そっともう片方の手を添えた。

 そして、やさしく微笑む。

 「この体が欲しいか? 六道リクドウメグル」

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