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第11章 サヤカ

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 激しかった雨が徐々に弱まっていく。
 空を覆っていた鉛色の雲が、東に向かって流れている。

 ふいに階下から物音が響いて、サヤカは窓からこっそり顔を出した。旧校舎の昇降口のまわりに数人の大人たちが集まり、何かを話し合っている。


 「見つかったのかな」

 心配になったトモルも、そっと窓から顔を出す。
 昇降口の鍵を開け、中へと入っていく大人たちを見て、サヤカとトモルの顔に緊張が走った。

 しかし大人たちは、すぐにまた昇降口から出てきた。その手に丸太が担がれているのを見て、サヤカが歓声を上げた。


 「やったねトモくん!『月見祭り』は予定通り開催されるよ!」

 トモルも笑顔をみせた。しかし、その表情にわずかな戸惑とまどいの色が浮かんでいるのを、メグルは見逃さなかった。


 「トモル、聞いて……!」

 とたんにサヤカが往生際おうじょうぎわが悪いとばかりに一瞥いちべつをくれる。

 だが何もできやしないと判断したのか、すぐにあざけるような笑みを浮かべて、また窓の外に視線を戻した。

 「トモルはなんで、みんなに復讐したいの?」

 「そんなの、みんなでぼくをいじめたからに決まってるじゃないか!」

 吐き捨てるように言ったトモルに、メグルは続けた。

 「みんなに復讐したら、トモルは幸せになれる?」

 トモルがうつむいて黙りこむ。その眉間に、深くしわを寄せていた。

 「トモル、幸せは心の中にある。自分次第なんだ。幸せを感じ取る気持ちさえあれば、どんな状況だって乗り越えられるはずだよ」


 「絶望を知らない者の戯言たわごとだわ」

 いつのまにか窓を背にしたサヤカが、さげすんだ視線をメグルに向けていた。

 「じゃあメグルくんは、いまのこの状況にも幸せを感じ取れるの?」

 「ああ、ここにだって幸せはある」
 メグルが力強くうなづいた。

 「いままで心を開いてくれなかったトモルが、本心で話してくれている。寂しかったんだって、つらかったんだって、心の叫びが、ぼくにもしっかり伝わったから!」

 教室のうしろで力なくうなだれていた清美も、メグルの言葉にうなづいた。

 「わたしも幸せだわ。トモルの求めていることが、ようやくわたしにもわかったもの……」


 「ささやかな幸せね……」

 せせら笑うサヤカを、清美はまっすぐに見つめ返して言った。

 「サヤカさん、あなたとは比べものにならないけれど、わたしも世の中に絶望を感じたわ。突然、真っ暗な闇に突き落とされて、どこにも光なんかないと思った……。
 だけど光はあったの。ただ、あのときのわたしには見えなかっただけ。わたしはトモルの、トモルはわたしの、お互いに頼れる光になれたはずだもの!」

 「いまさら何言ってるのよっ!」

 いまにも泣き出しそうに顔を歪めて、サヤカが叫んだ。

 「いままでさんざん苦しめて、身勝手なことをして、あなたたち大人は……」

 「聞いてサヤカさん! あなたはこんなことがしたいんじゃない。本当はただ欲しがっているのよ。感じ取る気持ちさえあれば、必ずあなたにも見つかるわ。あたたかい光が……」

 突然サヤカが頭を抱えてうずくまった。


 「……あたたかい……光……?」


 左腕にはめた腕時計の隙間から、真っ赤な血がにじんでいる。
 それはサヤカの腕を伝い、肘の先からぽたぽたと床に落ちた。

 「サヤカちゃん……」

 心配そうに駆け寄ったトモルは、サヤカのただならぬ雰囲気に足が止まった。


 「黙れ……黙れ……。騙されるな……。忘れるな……」

 ぶつぶつとつぶやきながらサヤカが立ちあがる。
 その手にはハンマーが握られていた。

 メグルはサヤカの様子を注視しながら、後ろ手に持ったビーカーの破片を懸命にロープにこすりつけていた。


 ロープが切れるまであと少し――。

 サヤカがふらふらと覚束おぼつかない足取りで、教室のうしろへ歩いて行く。

 そして清美の目の前に立つと、うつむきながら静かに言った。


 「あなたの戯言たわごとがうるさくて、わたしの頭がおかしくなりそう……。先にあの世へ行ってください」



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