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第11章 サヤカ
06
しおりを挟む激しかった雨が徐々に弱まっていく。
空を覆っていた鉛色の雲が、東に向かって流れている。
ふいに階下から物音が響いて、サヤカは窓からこっそり顔を出した。旧校舎の昇降口のまわりに数人の大人たちが集まり、何かを話し合っている。
「見つかったのかな」
心配になったトモルも、そっと窓から顔を出す。
昇降口の鍵を開け、中へと入っていく大人たちを見て、サヤカとトモルの顔に緊張が走った。
しかし大人たちは、すぐにまた昇降口から出てきた。その手に丸太が担がれているのを見て、サヤカが歓声を上げた。
「やったねトモくん!『月見祭り』は予定通り開催されるよ!」
トモルも笑顔をみせた。しかし、その表情にわずかな戸惑いの色が浮かんでいるのを、メグルは見逃さなかった。
「トモル、聞いて……!」
とたんにサヤカが往生際が悪いとばかりに一瞥をくれる。
だが何もできやしないと判断したのか、すぐに嘲るような笑みを浮かべて、また窓の外に視線を戻した。
「トモルはなんで、みんなに復讐したいの?」
「そんなの、みんなでぼくをいじめたからに決まってるじゃないか!」
吐き捨てるように言ったトモルに、メグルは続けた。
「みんなに復讐したら、トモルは幸せになれる?」
トモルがうつむいて黙りこむ。その眉間に、深くしわを寄せていた。
「トモル、幸せは心の中にある。自分次第なんだ。幸せを感じ取る気持ちさえあれば、どんな状況だって乗り越えられるはずだよ」
「絶望を知らない者の戯言だわ」
いつのまにか窓を背にしたサヤカが、蔑んだ視線をメグルに向けていた。
「じゃあメグルくんは、いまのこの状況にも幸せを感じ取れるの?」
「ああ、ここにだって幸せはある」
メグルが力強くうなづいた。
「いままで心を開いてくれなかったトモルが、本心で話してくれている。寂しかったんだって、辛かったんだって、心の叫びが、ぼくにもしっかり伝わったから!」
教室のうしろで力なくうなだれていた清美も、メグルの言葉にうなづいた。
「わたしも幸せだわ。トモルの求めていることが、ようやくわたしにもわかったもの……」
「ささやかな幸せね……」
せせら笑うサヤカを、清美はまっすぐに見つめ返して言った。
「サヤカさん、あなたとは比べものにならないけれど、わたしも世の中に絶望を感じたわ。突然、真っ暗な闇に突き落とされて、どこにも光なんかないと思った……。
だけど光はあったの。ただ、あのときのわたしには見えなかっただけ。わたしはトモルの、トモルはわたしの、お互いに頼れる光になれたはずだもの!」
「いまさら何言ってるのよっ!」
いまにも泣き出しそうに顔を歪めて、サヤカが叫んだ。
「いままでさんざん苦しめて、身勝手なことをして、あなたたち大人は……」
「聞いてサヤカさん! あなたはこんなことがしたいんじゃない。本当はただ欲しがっているのよ。感じ取る気持ちさえあれば、必ずあなたにも見つかるわ。あたたかい光が……」
突然サヤカが頭を抱えてうずくまった。
「……あたたかい……光……?」
左腕にはめた腕時計の隙間から、真っ赤な血が滲んでいる。
それはサヤカの腕を伝い、肘の先からぽたぽたと床に落ちた。
「サヤカちゃん……」
心配そうに駆け寄ったトモルは、サヤカのただならぬ雰囲気に足が止まった。
「黙れ……黙れ……。騙されるな……。忘れるな……」
ぶつぶつと呟きながらサヤカが立ちあがる。
その手にはハンマーが握られていた。
メグルはサヤカの様子を注視しながら、後ろ手に持ったビーカーの破片を懸命にロープにこすりつけていた。
ロープが切れるまであと少し――。
サヤカがふらふらと覚束ない足取りで、教室のうしろへ歩いて行く。
そして清美の目の前に立つと、うつむきながら静かに言った。
「あなたの戯言がうるさくて、わたしの頭がおかしくなりそう……。先にあの世へ行ってください」
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