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第11章 サヤカ
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しおりを挟む「サヤカは六階へ行くことをあんなにも怖れていたのに、なんで今日は……」
抱いた疑念をふり払おうと、メグルは図書室を飛び出して階段を駆け上がった。
三階を飛ばして、サヤカが捜しているはずの四階と五階を駈け足で回るが、すでにサヤカの姿はどこにもなかった。
メグルは六階へと続く階段の手前で立ち止まると、静かに息を整えた。
『あんまりトモくんと関わらない方がいいよ』
不可解だったサヤカの言葉が、頭の中を駆け巡る。
音をたてないよう慎重に階段を上がり、六階の廊下をのぞいた。
窓の外には雨雲が立ち籠めた鉛色の空が広がっている。昼の陽光に照らされていた前回の景色とはまるで違い、重苦しい雰囲気が辺りを包んでいる。
メグルはサヤカが姿を現すのを待って、じっと廊下に目を凝らした。
勢いを増した雨が、どこまでも続く長い廊下の窓ガラスをバチバチと激しく打ち鳴らし始めた、そのとき――。
幽霊……見えた?
いきなり耳もとで聞こえた声に、メグルは飛び上がるほど驚いて、階段の一番上の段に蹴つまずいて転んでしまった。
ふり向けば、サヤカがにこやかに微笑みながらメグルを見下ろしている。
「メグルくんって本当に怖がり。もう二度と、ここへ来ちゃダメって言ったじゃない」
そう言って、メグルの頭の上から幾重にも巻いたロープを被せて力まかせに引っぱった。メグルの体はロープでぐるぐる巻きにされ、すっかり身動きが取れなくなってしまった。
呆然とするメグルをよそに、サヤカが誰もいない廊下に向かって声を上げる。
「捕まえたから安心して。もう出て来ていいよ」
長い廊下の中ほどにある理科室の引き戸が、がらりと開く。
あわててメグルはカバンの中から『魔捕瓶』を取り出そうとした。が、ロープに縛られている身では手も足も出せない。
(まさか、教頭とサヤカが組んでいたなんて……)
信じたくもない現実に心が折れそうになる。
しかし理科室のドアから顔を出したのは、なんと教頭ではなくトモルだった。
「トモル! 無事だったのか!」
思わず声を上げるメグル。
「ごめんねメグルくん。トモくんは昨夜から、ずっとここで最後の準備をしていたのよ」
サヤカはそう言うと、メグルを連れて理科室へ入った。
がらんとした室内にはガス栓と流し台を備えた実験テーブルが、ひとつだけ撤去されずに残っていた。その上に薬の空き箱や空き瓶が散乱し、うしろの壁際にはメグルと同様にロープでぐるぐる巻きにされた清美が、床にくずおれ、うなだれていた。
さらに室内に目を走らせると、なみなみと液体で満たされた五十センチ四方の水槽がふたつ、窓際の作業台に並んで置かれていた。
「トモル、いったいこれは……」
ふり向いたメグルに、トモルは手に持っている本を見せた。
『化学薬品の基礎と応用』
保健室でトモルがいつも読んでいた本だ。
訳がわからず立ち尽くすメグルの前に、悪戯な笑みを浮かべたサヤカが割って入る。
「ごめんね。桜子先生じゃなくて、わたしがこの本をトモくんに渡したの。
トモくんはね、毎日毎日、休み時間になると、こっそり旧校舎に忍び込んで、この水槽に薬品を溜めていたのよ。だからここには人を近づけたくなかったの。メグルくんがどうしても六階へ行きたいって言ったとき、わたし、この秘密がバレるんじゃないかと、冷や冷やしていたんだから……」
つうっと水槽を人差し指でなでながら、サヤカはトモルにふり返った。
「メグルくんに説明してあげて。トモくんの復習計画!」
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