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第10章 それぞれの邂逅
01
しおりを挟む桜子先生が咳き込みながらマンホールから顔を出したとき、すでに東の空はずいぶんと白み始めていた。降り出したばかりの小雨が、目の前のアスファルトに点々と黒い水玉模様を描いている。
「桜子先生、残念です。先生があんな酷いことをするだなんて……」
ふり返れば、雷門と書かれた巨大な赤い提灯を背に、右に風神像、左に雷神像をしたがえたモグラが、仁王立ちで見下ろしていた。
「んふふ……。モグラさん。いえ、ドリュウ様。あなたも越界者なんでしょう? 初めて会ったときから何となく感じていましたわ。なんと言うか、そのう……人間離れしてますものね」
マンホールから這い出た桜子先生は、いつものとろけるような猫なで声で、モグラにすり寄った。
「ねぇ、見逃してくださらなぁい? 仲良くしましょうよぅ!」
しかしモグラの顔が、いつものようにとろけることはなかった。
眉間にしわを寄せ、きつく目を閉じている。
「そうはいきません。これからあなたは、わたくしに与えられた特別な権限で、もとの『畜生界』に戻っていただきます」
「特別な権限?」
桜子先生の眉が、ぴくりとつり上がる。
「あのう、よくわかりませんが……どうにもなりませんの?」
「残念です……、本当に!」
モグラがくるりと背を向けた。
とろけるような桜子先生の笑顔が、しだいに厳しくなっていく。
空を覆う雲が一段と厚さを増して、大粒の雨が激しく地面を叩きつける。
「ふん、見損なったねモグラ野郎が! あんただって『畜生界』から来たんだろうが、裏切り者め!」
ふり返ったモグラは悲しげな顔でにやりと笑うと、シルクハットを目深に被り直した。
雨によるものか、その頬が濡れている。
「その態度は野暮でいけねぇなぁ。お互い、最後まで粋な関係でありたかったぜ?」
手にしたステッキの先で、地面を軽く小突いた。
肌に当たる空気が、びりびりと震える。
くすぐるような振動が、足の裏から伝わってくる。
次第に近づいてくる妙な気配に、桜子先生は腰を丸めて身構えた。其処彼処にあるマンホールの蓋が、崩れ落ちる教会の鐘のような鈍い音をたてて激しく揺れている。
腹の底に響く太く低い地響きが、地面をうねらせるほどの大きな揺れに変わったとき、うろたえる桜子先生の目の前で、突然、マンホールの蓋のひとつが弾け飛んだ。
空高く舞い上がった蓋が、追いかけるように真下からのびた『何か』に飲み込まれて消える。
「…………!」
穴の中から勢いよく噴き出したのは、目を疑わんばかりの大量の水。
空高くのびていく巨大な水柱は、まるで天に向かって飛んでいく龍のようだった。
呆気にとられて見つめていた桜子先生は、やがて顔を真っ青にしながら腰を落とすと、猫のごとく四つん這いになって、全速力で逃走した。
「モ、モグラァ! あんた、何者だぁ!」
モグラは叩きつける雨に顔を伏せながらも、片手で拝み、静かに何かを唱えている。
帽子のつばからわずかにのぞいた瞳が、銀色に輝く。
「あんた、まさか……!」
そのとき、天に昇った水龍がくるりと頭を地面に向け、桜子先生めがけて一気に駈け降りて来た。
桜子先生の並外れた脚力をもってしても、水龍の圧倒的な勢いにはかなわない。
滝のごとく落下してきた大量の水に飲み込まれて、桜子先生はその姿を消した。
*
「この校舎を覚えているかね?」
教頭がいまだ薄暗い旧校舎の昇降口を、懐中電灯で照らした。
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