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第8章 前世の妻

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 「大鏡の幽霊話の件、噂の発信元がわかったぜ」

 そうモグラが切り出したのは、体育館裏から校務員室に戻り「まあ落ち着け」とメグルに冷たい麦茶を出したときだった。

 タカシとの一件で、いまだ頭に血がのぼっているのを見抜かれたメグルは、一気に麦茶を飲み干すと、タンッと勢いよくコップを置いて、ひと言「もう大丈夫」とつぶやいた。

 その様子を横目で見ながら、そそくさといつものボロボロの黒いスーツに着替えていたモグラは、 「よし、ついて来な」とメグルを部屋から連れ出した。

 早足で歩くモグラのあとを、小走りでメグルが追いかける。

 「ぼくも今日、ある生徒から噂を聞いた。噂が広まっているのは先生のあいだだけじゃないぞ」

 「だろうな」
 モグラが口髭を指で弾きながらこたえた。

 「確かにアレなら、不特定多数のやつらに情報が渡る……」

 モグラが向かったのは新校舎の裏にあるマンホールだった。
 辺りをぐるりと見まわすと、すっとしゃがみ込み、ひょいとマンホールの蓋を持ち上げ、つるっと穴の中に消えてしまった。ものの二秒とかかっていない。

 メグルも急いでマンホールに飛び込んだ。

 「こんなところにも、ねぐらがあるのか」

 「こら。アジトって言えよ。すべての下水道は、ドリュー様のアジトへ繋がっているのだ」

 モグラのあとについてしばらく歩いていると、以前来たことのあるアジトに着いた。およそ五分。地上を歩いて行くよりも断然早い。

 モグラがパソコンの電源を入れながら言った。

 「今日の午前中、校門脇の生け垣を剪定せんていしてたら、校長がおいらの仕事っぷりをじっと見てるんだよ。ありゃヒマなんだな。いい機会だから世間話がてらに聞いてみたんだ。……大鏡の幽霊のこと」

 「校長、知ってたのか?」

 「ああ知ってた。校長、誰から聞いたと思う?」

 メグルがこたえる前に、モグラが神妙な顔で言った。

 「桜子先生だ」
 モグラが続ける。

 「そのあと、すれ違う教師全員に、大鏡の幽霊話を知ってるかって聞きまくったんだよ。そしたらみんな知ってんのさ。誰から聞いたと思う? みんな……」

 「桜子先生から聞いた!」

 今度はメグルが先にこたえた。
 モグラが無言でうなずく。

 「モグラ、桜子先生はなんで教頭が他言しなかった大鏡の幽霊話を知ってたんだと思う? そして、積極的にみんなに噂を流している目的は……」

 モグラは眉間にしわを寄せて腕を組み、くるりと背を向けた。
 その背中に向かってメグルがまくしたてる。

 「ずっと気になってたんだ。モグラが校務員になったとき、桜子先生はやめるよう言ってきた。なぜならそれは……」

 「みなまで言うな! おいらだってバカじゃねぇ!」

 たまらずモグラが叫んだ。
 その首が、がくんとうなだれる。

 「桜子先生は幽霊話で、あの大鏡から人間を遠ざけている。なぜなら……なぜなら桜子先生が……魔鬼だからっ!」 

 モグラの肩は、がくがくと震えていた。

 (想いを寄せていた人間が魔鬼だったなんて、どれほどつらいことだろう……)

 むせび泣くモグラの肩に、メグルがそっと手をかけようとしたとき、


 「なあんちゃってぇ、げへへのへぇ~。だぁ~まさぁれた~ぁ?」

 舌をべろべろさせながらモグラがふり返った。肩を震わせ大笑いしている。

 「あの純粋な桜子先生が魔鬼のわけないだろう? 噂の発信元はこれだよ、これぇ!」


 そう言って鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているメグルに、パソコンのモニタを見せた。


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