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第4章 トモル
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しおりを挟む「あのな、おいらが帰ろうとすると、そこの松の木を剪定してるオヤジがいたんだよ。それがまるでなっちゃいねえのさ。仕方ねぇから、おいらハサミを取り上げてササーッと刈り上げてやったのよ。何を隠そう、江戸の時分は庭師を生業にしてたからよう。
そしたらオヤジ感動してな。おいらの格好を頭のてっぺんからつま先まで見て、よかったらウチの校務員として働かないかね。って言うわけよ。オヤジ、ここの校長だったのさ。
おいらは悩んだよ? でもオヤジがどうしてもって言うからさぁ。上場企業の役員として数千名の社員に惜しまれますが、この学び舎と未来ある子どもたちのために、いまの会社をスッパリと辞めて引き受けましょう! って言ったら、そのオヤジ、ゲラゲラ笑ってな。何がおかしいんだか、よくわからないんだけど……。これは人助けだメグル」
思わず頭を抱え込むメグル
(人助けをしたと思っているのは、むしろ校長の方だろう。あのぼろぼろの服を着ていたんじゃ、誰だって無職だと思うはずだ……)
メグルは周囲に人がいないか見まわすと、声を押し殺して怒鳴った。
「お前、気は確かか? この学校には魔鬼がいるんだぞ! 今朝はさっさと帰りたがっていたじゃないか!」
そしてモグラの顔を下からのぞき込み、キッと睨み付けて、とどめを刺す。
「本当はお前、桜子先生が目当てだろっ!」
まるでペンキをかけられたみたいに、モグラの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
「ば、ばか言っちゃいけないよ。お前、あれだよ、それだよ……」
しどろもどろのモグラは、はっと何かに気が付いたように、ぽんっと手を打つと、メグルに耳打ちした。
「作戦だ」
「作戦?」
「そうよ。いいか、魔鬼は昼夜を問わず越界門を見張っている。夜の学校にも必ず現れるはずだ。だから校務員なのさ。普通のやつは夜の学校をおおっぴらにうろちょろできねぇ。だが、校務員なら話は別。学校に泊って監視することができるからな」
「なるほど……」
思いも寄らぬモグラの名案にメグルが唸った。さらに言えば『モグラの息子』という設定のメグルが、父親と夜の学校に宿直したって不思議じゃない。
「あらぁ、メグルくんのお父さま。まだいらしてたんですのぉ?」
ひそひそと話をするふたりの背中に、とつぜん声がかかった。ふり返れば、桜子先生がふたりを見つめている。
とたんにモグラの垂れた目尻が、ぎゅいんとつり上がった。
「いやぁ、どうもどうも桜子先生。わたくし、校長のたっての希望で、この学校の校務員として働くことになりました!」
それを聞いて、さすがの桜子先生も顔を引きつらせた。
「だ、大丈夫ですの? お仕事の方は……」
「それはもう、前の会社では、辞めてくれるな、行ってくれるなの大合唱でしたが、桜子先生のような立派な教師の方々と、未来ある子どもたちの為の労働に勤しむ幸せに比べれば……」
桜子先生はあごに手を当て、厳しい顔でうつむいてしまった。
「大丈夫ですか、桜子先生。お気分でも……」
心配そうにモグラが駆け寄る。
「あっ、いえ、大丈夫ですわ。前の校務員を……、いえ、前の校務員さんが突然辞めてしまって、代わりがいなかったので助かります……」
桜子先生は、さらに真剣な顔で続けた。
「でも安請け合いなさらない方が……。出ますのよ、ウチの学校!」
「出るって、何がでしょ?」
「お化けですわ!」
モグラが笑った。
「大丈夫ですよ! お化けなんかね、このドリュー様のスクリュードリューパンチで……」
モグラが素人目にも未経験だと見破れる、へなちょこなシャドーボクシングを始めたとたん、校庭に三時限目の始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「本当に、やめた方がいいですわ……」
桜子先生が心配そうに言い残し、校舎へ戻っていく。
だらしなく目尻を垂らしながら、うっとりと後ろ姿を見つめるモグラ。
「やさしいな、桜子先生……。おいらの身をあんなに案じてくれるなんて……」
「それはどうかな……」
前髪を指に絡ませながら、メグルも桜子先生の背中を見送った。
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