輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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第1章 死と再生

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 「おはよう。どうだったね? 人間としての一生は」

 突然かけられた言葉に男は戸惑とまどった。

 「じき、頭もすっきりする。ここでの記憶もよみがえるだろう」

 話しかけてきた老人の顔を見て、男は事態が飲み込めた。
 幼い頃に亡くしたのでかすかにしか覚えていないが、老人は自分の祖父だった。

 この世界で自分の守護霊を務めてくれていたのだ。

 そしてこの世界とは『煉獄れんごく』――。

 正式には『中有ちゅうう』という名の果てしなく広大な空間で、十層界じっそうかいでの一生を終えた魂が戻ってくる場所だ。

 戻ってきた魂は、ここでしばらく生前に関係の深かった者の守護霊を務めたあと、また同じ世界へ転生したり、別の世界へ転生したりする。


 「長い人生だったのに、こうやって目を覚ますと、まるで夢でも見ていたようですね……」

 男はしばらく煉獄れんごくの空を見つめながら、自分の人生を思い返していた。
 すると、いまは無粋だとためらいつつも興奮を抑えきれないという様子で、祖父が話しかけてきた。

 「きみの人生はとても立派だった! 怖れることなく試練に立ち向かい、すべてを乗り越えた!」

 「ありがとうございます。あまりよく覚えていないんですが……」

 男は照れくさそうに頭をきながらベッドから起き上がり、ぐるりと辺りを見渡した。
 かすみがかった淡いブルーの空のもと、雲のようにふわふわとした白い床がどこまでも続いている。

 まわりにはベッドが果てしなく列を成して、そこに寝てる者は人間界と同じ姿で老人や子どももいれば、生まれたばかりの赤ん坊までいる。

 みな人間として生きている真っ最中なのだ。

 そのひとつひとつのベッドのかたわらに、その者と深く関係のある者が守護霊としてついている。枕元には人間界を映し出すモニタがあり、それをのぞき込んでは、早く人間界を卒業させようと何度も試練に誘導する守護霊もいれば、何もせずにイビキをかいて居眠りをしている守護霊もいた。

 「きみのうしろのベッドを見てごらん」

 祖父の言葉に男がふり向くと、そこには息子が寝ていた。
 そのとなりには妻もいる。
 ふたりとも涙で頬を濡らしていた。

 「心配しないで。わたしがしっかり見守っているから」

 妻についていたのは幼いときに亡くしたという妻の母親だった。アルバムで見せてもらった写真と同様、優しい笑みを浮かべている。

 「すみません。娘さんをこんなにも早く、ひとりにさせてしまって……」

 「いいのよ。あなたを失うのも娘にとっては試練だもの。残す試練も厳しいものだけど、立派に乗り越えさせてみせるわ」

 妻の母親は、愛おしさのなかに決意をにじませながら、寝ている妻の頭を優しくなでた。

 「もっと話がしたいんだが、煉獄長れんごくちょう様がきみをお呼びなんだ。さあ、早く行ってきなさい」

 祖父が急き立てる。
 煉獄長れんごくちょうからお呼びがかかるなんて、滅多なことではないからだ。


 男は祖父に頭を下げると、どこへともなく歩きだした。
 まるで小春日和のような陽気が漂う、この無限に広がる煉獄れんごくの世界では、あちらこちらで様々なドラマが展開されていた。

 自分と同じように、たったいま人間界から目を覚ましたばかりの少女が、悔しそうに涙を流し、かたわらに立つ老婆に肩を抱かれている。志半こころざしなかばで倒れ、思うように試練を乗り越えられなかったのだろうか。

 そのすぐとなりのベッドでは、希望と不安が入り交じった表情の年老いた男が直立不動で敬礼し、沢山の人にかこまれ万歳三唱を受けていた。これから人間界へ転生するのだろう。年老いた男がベッドに横たわると、みるみるうちに赤ん坊の姿に変わり、ふぎゃあふぎゃあと泣きだした。

 いたるところで繰り広げられる転生のドラマを眺めながら、男はいつのまにか煉獄れんごくでの記憶が、すっかりよみがえっていることに気が付いた。

 「ここはまったく変わらないな。いや、当たり前か。ほんの少し寝ていただけなのだから……」


 人間界での長い一生も、煉獄れんごくからすれば、ほんのひと眠りのようなものでしかない。

 こうしているあいだにも、人間界の時間は刻々と過ぎているのだ。


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