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序章 輪廻(メグル)と土竜(モグラ)

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 「そ。人間界は【十層界じっそうかい】で唯一、『善』と『悪』が混沌こんとんとした世界。見てて飽きないね!」

 人が聞いたら、頭に『?』マークが浮かぶところだが、人として人間界に来ていないメグルは、この世の成り立ちはあらかた理解していた。

 はるかな昔――。
 まだ全ての魂が混沌こんとんと混ざり合っていた頃。

 い魂、悪い魂の住み分けを望む者たちが突如として決起し、革命が起こされた。
 永い戦いの末に勝利した革命軍は、体制側として戦った者たちを魔界まかいへ追放。
 その後、全ての魂たちが転生てんせい(生まれ変わり)しながら己の霊格れいかくにふさわしい世界を目指す、十層に分れた世界を創り、魂をそれぞれの世界へ振り分けた。

 いわゆる【十層界じっそうかい】である。

十層界じっそうかい】は、四聖ししょうと呼ばれる四つの精神世界と、その下に続く六道ろくどうと呼ばれる六つの物質世界で構成され、下層世界へ行くほど、悪とされる魔界の影響を受けている。

 人間界は六道にあり、魔界側勢力の最前線。
 故に『善』と『悪』との境界線――。

 そこにいる魂は『善』に生きることも『悪』に染まることも本人次第、まさに『善』と『悪』とが混沌こんとんとした世界なのだ。


 「光り輝く魂……。闇に染まりゆく魂……。このドラマチックな人間界を、いつまでも観察していたいのだ……」

 男は垂れ目を、さらにだらしなく垂らして、恍惚こうこつとした表情で言った。
 しかしメグルのいぶかしげな視線に気が付いたのか、はっと我に返り続ける。

 「おいらは越界者えっかいしゃの情報を渡す。そのかわりお前さんはおいらを見逃す。ギブアンドテイクってわけよ」

 メグルはくせっ毛頭の前髪を、くるくると人差し指に絡ませながら考えた。

 (面倒くさい管理人の仕事などさっさと済ませて、人間界のひとつ上の世界『天界』へ行きたいと思っていたところだ。この男と組めば効率よく仕事が進むかも知れない。いざとなったら利用して、使えない男だとわかったららえてしまえばいいか……)

 「仕方ない。まぁ、いいでしょう」
 ずる賢い考えに頬が緩むのを必死にこらえて、メグルはこたえた。

 「よし決まった! じゃあ、おいらの名刺を渡しとくからよ」

 男は胸ポケットからよれよれの名刺を一枚取り出し、メグルに渡した。
 「カンノ ドリュウってんだ。いい名前だろ? 昔、世話になった管理人がつけてくれた名前でな」

 なるほどと、メグルは思った。
 確かに名刺には『菅野 土竜』と書いてある。
 が、土竜と書いてモグラと読むことを、この男は知らないのだろう。
 改めて見ると、まさに男の顔はモグラにそっくりなのだ。

 「裏に住所が書いてあるからよ。困ったことがあったらいつでも訪ねてきな!」

 モグラはそう言い残すと、非常階段をするすると滑るように下りて、あっというまに繁華街のネオンのなかに消えていった。


 「見るからに怪しいやつ……」

 モグラの姿が完全に消えるのを見届けてから、メグルは家路いえじへと足を向けた。

 「ぼくみたいなエリートが、あんな怪しげな男と協力するだなんて、絶対にありえないね!」


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