4 / 86
序章 輪廻(メグル)と土竜(モグラ)
03
しおりを挟む
「……と言ってもまぁ、すぐ忘れることになるんだけどね」
メグルはカバンの中から紫色の太いロウソクを取り出すと、手すりに乗り出し、眼下でひしめきあっている野次馬と警官たちに向かって叫んだ。
「みなさん! 注目ううぅ~っ!」
誘拐犯がいたはずのビルの屋上から、子どもが大声で呼びかけている。その光景に驚いた群衆は、火が着いたように騒ぎだした。
「なんであんなところでガキがうろちょろしてるんだ。まったく最近のガキは、時間も場所もわきまえねぇ!」
いかにも血の気が多そうな年配の警官が、愚痴りながらもパトカーの拡声器を使って呼びかけた。
「おおい、そこの少年! きみも人質にされたのかぁ? それともまさかガキ、お前ガキの分際で、犯人の仲間じゃないだろうな?!」
警官の口汚い言葉に眉をひそめつつ、メグルは内ポケットをまさぐりマッチを取り出した。
「餓鬼餓鬼うるさい奴め。『餓鬼界』なんて飛び級でパスしたエリートに向かって、なんて口の利き方だ……」
そしてロウソクに火を着けると、みんなに見えるよう高く掲げた。
「みんな、これを見ろ!」
群衆が一斉に頭を抱えてしゃがみ込む。
誰もが息をのみ、辺りは一瞬、時が止まったかのような静寂に包まれた。
怒鳴り声を上げていた年配の警官が、そっと顔を上げて目を細める。
「なんだ……爆弾じゃないのか?」
となりにいた気の弱そうな若い警官が、双眼鏡をのぞき込みながらこたえた。
「ええと……ただのロウソクのようです」
とたんに年配の警官が、烈火のごとく怒鳴りだした。
「くらぁガキィ! 大人をからかうんじゃあないっ! お前らガキは夜遊びばかりして、いつも大人に迷惑ばかりかけやがって!」
ただのロウソクだとわかった野次馬たちも、再びメグルを指差しながら、がやがやと騒ぎ始めた。
捕われていた少女も、何事かと、わきからメグルをのぞき込む。
みんなが注目しているのを確認したメグルは、おもむろにロウソクに口を近づけ、ふっと、その火を吹き消した。すると突然、あんなに騒いでいた群衆がみなぽかんと口を開けて、文字通り火が消えたように静まり返ってしまった。
「……おほん」
メグルはひとつ咳払いをすると、水を打ったように静まり返る群衆をぐるりと見下ろしながら続けた。
「えー、お集りの皆様、ご安心ください。自殺志願の少女は考えを改めてくれたようです。一件落着でございます」
そう言って少女を手すりの前に押しやり、自ら拍手をした。
群衆は相変わらず、ぽかんとその様子を眺めていたが、構わず拍手を続けるメグルを見て釣られたのか、次第に其処彼処から拍手が鳴りだした。
「がんばれよう!」
「人生捨てたもんじゃないぞぉ!」
などという声も上がった。
散々、怒鳴り散らしていた年配の警官も、拡声器を使って温かい言葉を投げかけている。
少女は訳がわからぬまま、そんな光景を眺めていたが、なぜかその気になり始めて、
「みんな、ありがとう……。わたし、もう一度がんばってみます!」
と涙をこぼした。
誰も誘拐犯のことなど口にしない。いや、誘拐犯など初めから居なかったかのように、彼らの記憶から消えていた。
メグルは踵を返し、怒号とサイレンから一転、声援と拍手に包まれた現場をあとにした。
ふとふり返り、黒ぶち眼鏡を掛けて、そっと少女の頭上を見る――。
黒く濁っていた水晶玉のひとつが、淡い光を放ち始めていた。
メグルはカバンの中から紫色の太いロウソクを取り出すと、手すりに乗り出し、眼下でひしめきあっている野次馬と警官たちに向かって叫んだ。
「みなさん! 注目ううぅ~っ!」
誘拐犯がいたはずのビルの屋上から、子どもが大声で呼びかけている。その光景に驚いた群衆は、火が着いたように騒ぎだした。
「なんであんなところでガキがうろちょろしてるんだ。まったく最近のガキは、時間も場所もわきまえねぇ!」
いかにも血の気が多そうな年配の警官が、愚痴りながらもパトカーの拡声器を使って呼びかけた。
「おおい、そこの少年! きみも人質にされたのかぁ? それともまさかガキ、お前ガキの分際で、犯人の仲間じゃないだろうな?!」
警官の口汚い言葉に眉をひそめつつ、メグルは内ポケットをまさぐりマッチを取り出した。
「餓鬼餓鬼うるさい奴め。『餓鬼界』なんて飛び級でパスしたエリートに向かって、なんて口の利き方だ……」
そしてロウソクに火を着けると、みんなに見えるよう高く掲げた。
「みんな、これを見ろ!」
群衆が一斉に頭を抱えてしゃがみ込む。
誰もが息をのみ、辺りは一瞬、時が止まったかのような静寂に包まれた。
怒鳴り声を上げていた年配の警官が、そっと顔を上げて目を細める。
「なんだ……爆弾じゃないのか?」
となりにいた気の弱そうな若い警官が、双眼鏡をのぞき込みながらこたえた。
「ええと……ただのロウソクのようです」
とたんに年配の警官が、烈火のごとく怒鳴りだした。
「くらぁガキィ! 大人をからかうんじゃあないっ! お前らガキは夜遊びばかりして、いつも大人に迷惑ばかりかけやがって!」
ただのロウソクだとわかった野次馬たちも、再びメグルを指差しながら、がやがやと騒ぎ始めた。
捕われていた少女も、何事かと、わきからメグルをのぞき込む。
みんなが注目しているのを確認したメグルは、おもむろにロウソクに口を近づけ、ふっと、その火を吹き消した。すると突然、あんなに騒いでいた群衆がみなぽかんと口を開けて、文字通り火が消えたように静まり返ってしまった。
「……おほん」
メグルはひとつ咳払いをすると、水を打ったように静まり返る群衆をぐるりと見下ろしながら続けた。
「えー、お集りの皆様、ご安心ください。自殺志願の少女は考えを改めてくれたようです。一件落着でございます」
そう言って少女を手すりの前に押しやり、自ら拍手をした。
群衆は相変わらず、ぽかんとその様子を眺めていたが、構わず拍手を続けるメグルを見て釣られたのか、次第に其処彼処から拍手が鳴りだした。
「がんばれよう!」
「人生捨てたもんじゃないぞぉ!」
などという声も上がった。
散々、怒鳴り散らしていた年配の警官も、拡声器を使って温かい言葉を投げかけている。
少女は訳がわからぬまま、そんな光景を眺めていたが、なぜかその気になり始めて、
「みんな、ありがとう……。わたし、もう一度がんばってみます!」
と涙をこぼした。
誰も誘拐犯のことなど口にしない。いや、誘拐犯など初めから居なかったかのように、彼らの記憶から消えていた。
メグルは踵を返し、怒号とサイレンから一転、声援と拍手に包まれた現場をあとにした。
ふとふり返り、黒ぶち眼鏡を掛けて、そっと少女の頭上を見る――。
黒く濁っていた水晶玉のひとつが、淡い光を放ち始めていた。
4
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
児童書・童話
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
<第2回きずな児童書大賞にて奨励賞を受賞しました>
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
カイイノキヲク
乾翔太
児童書・童話
【あらすじ】
中学二年生のソラは、人に話しかけることが得意ではない内気な女の子。そんなソラには、同じクラスで唯一仲が良い、山本ミサキという名の快活な友達が居た。
夏休みの前日。ソラとミサキは教室で、あるおまじないをする。ミサキいわく、そのおまじないは二人の友情がずっと続くおまじないであるということであった。
その後、ソラは見慣れぬ不気味な廃校に迷い込む。そこはと呼ばれる異空間で、と呼ばれる怪物の住処だった。
怪異に襲われてソラが絶体絶命のピンチに陥ったその時、幼い頃からソラが大切にしていた柴犬のぬいぐるみのポチ太が光り輝く。ソラを守りたいという強い気持ちを抱いたポチ太が、怪異に対抗できる力を持つという存在になったのだ。
さらにクラスメイトのリクトと、龍の神獣である輝龍丸も助けに訪れる。
リクトは輝龍丸と協力しながら、という怪異を浄化する仕事をしていた。
怪異とは強い未練を残したまま死んだ人間が怪物になった姿であり、浄化するには怪域のどこかにある記憶の核と呼ばれるものを見つける必要がある。そうリクトから説明を聞いたソラは、彼らと協力して記憶の核を探すことになるのであった。
――これは、少女たちが恐怖を乗り越え、過去の悲しみを断ち切る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる