2 / 86
序章 輪廻(メグル)と土竜(モグラ)
01
しおりを挟む「ずいぶん派手にやっていますねぇ」
突然かけられた言葉に、男はぎょっとしてふり返った。
闇夜に向かって蒸し暑い息を吐き出す空調の室外機、巨大な頭をか細い足で支える給水タンク、この場所に唯一通じる階段をふところに潜ませた塔屋――。
繁華街の外れにある、この小さなビルの屋上に、隠れる場所はそれほどない。
「気のせいか……」
額から流れる汗を拭いつつ、男が抱えた少女の頬にナイフをぴたりと当てながら、再びビルの真下で騒ぐ群衆に視線を戻したとき。
「こんな真夜中だってのに、野次馬があんなに沢山集まって……。あ、パトカーまでやって来ましたよ。もう大騒ぎだ」
まさに灯台下暗し。
その声は、男の足もとから聞こえてきた。
驚き飛び退く男。
見れば、そこには小学生くらいの少年がちょこんと座り、手すりのあいだに顔をうずめて、こちらを見上げて騒いでいる群衆を面白そうに眺めていた。
男は少年にナイフを向けつつも、すばやく塔屋を確認した。ドアはぴたりと閉じられ、ドアノブにはしっかりと鎖が巻かれている。
「誰だ、お前!」
少年に向き直りながら、男がゆっくりと後退りながら叫ぶ。
「どっからここへ、やって来た?」
オリーブグリーンのジャケットに半ズボン、橙色をしたベルベット製のマントを羽織り、身の丈に合わない大きな革の肩掛けカバンを提げた、栗色のくせっ毛頭の少年は、にやりと笑みを浮かべて立ち上がった。
「あなたこそ、どこから来たんです、この人間界に?」
少年の言葉に男が凍りつく。その顔からは、すでに血の気が引いていた。
「お前、管理人か……!」
待ってましたとばかりに少年は胸ポケットから名刺を一枚ぬき取り、男に差し出した。
「申し送れましてすみません。先日配属されました、人間界管理局日本支部担当 六道 輪廻です。どうぞよろしく」
すっかり練習していたように、すらりと一息で言い切ると、にやりと笑ってこう続けた。
「わかりやすくて助かりますよ、やることが派手だから。……あなた方、おのぼりさんは」
呆然と口を開け立ちつくす男。
しかし言葉の意味が理解できたのか、青ざめていた男のこめかみに血管が浮き立つ。
抱えていた少女を投げ出し両手でナイフを握りしめると、男は人間とは思えぬ甲高い叫び声を上げながら、メグル目がけて突進した。
即座にメグルは羽織っていたマントをひるがえす。
瞬間、メグルの姿が消えた。
勢いあまって転げた男は慌てて辺りを見まわした。その目は怒りで充血し、肌はみるみるうちに赤黒く変色していく。
「思った通り。『修羅界』からの越界者ですね」
メグルは男の背後、ひしめく空調の室外機の上にいた。足もとから吹き出す蒸し暑い風が、前髪をかきあげマントをなびかせる。
「諂曲なるは修羅。高い場所を好み、やることが派手。プライドが高く、己を他者より優れていると思い込み、常に他を蔑み他と争う。己の不遇もすべて他のせいにするから、常に他を憎み、苛立っている……」
メグルは肩掛けカバンをまさぐり、中から手に収まるほどの小ぶりなガラス瓶をひとつ取り出すと、小気味よい音を響かせてコルク栓を抜き、高く掲げた。
「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界の法を犯す者よ。管理人の名において、地獄界送りの刑に処す!」
男の額から汗が噴き出す。
くるりと背を向け、脱兎のごとく逃げ出したときにはもう遅かった。
男の体はアメ細工のように細長く歪み、排水口に流れ込む下水のような音を周囲に響かせながら、小瓶の中に吸い込まれていった。
コルク栓をきつく閉めて小瓶をのぞくメグル。
中では親指ほどに縮んだ男が、瓶の壁をせわしなく叩いている。
「すぐに地獄界送りにはしないよ。あなたには、聞きたいことがあるからね」
2
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─
大杉巨樹
ミステリー
彼女がなぜ死ななければならなかったのか、物語は一つの心中事件を追う展開となります。
第1部では彼女が死んだ事件に涼平(りょうへい)が出くわすまでの出来事を、高級クラブの黒服となった涼平の経緯とともに、高級クラブという職場の生活を黒服目線で描きながら進んでいきます。
第2部では高級クラブのホステスである萌未(めぐみ)の目線を通して高級クラブの世界を描きながら、事件の真相を追っていきます。
第3部は解決編です。事件の真犯人が分かるとともに、北新地に関わる様々な人たちの群像劇ともなっています。
本作は黒服、ホステス、客という三者の立場で見える北新地の姿を描きながら、殺人事件の真相を追っていくミステリーとなっております。最終回まですでに書き終えており、なかなかリアルな高級クラブの世界を描き切れたのではないかと自負しております。お水エンターテインメント作品として楽しんでいただければ幸いです。
※本作品はフィクションです。実在する人物、団体、出来事とは関係ありません。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
浮気夫、タイムリープで地獄行き
おてんば松尾
恋愛
夫は浮気している。
私は夫に浮気され、離婚され子供を取り上げられた。
病んで狂って、そして私は自ら命を絶った。
それが一度目の人生。
私は巻き戻った。
新しい人生は、夫に従い、従順な妻を演じることにした。
彼に捨てられないように、子どもたちを取り上げられないようにと頑張った。
けれど、最後は夫と子供をあの女に奪われた。
三度目の人生。
私はもう絶対に間違わない。
※他サイトにも投稿中
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
王道学園と、平凡と見せかけた非凡
壱稀
BL
定番的なBL王道学園で、日々平凡に過ごしていた哀留(非凡)。
そんなある日、ついにアンチ王道くんが現れて学園が崩壊の危機に。
風紀委員達と一緒に、なんやかんやと奮闘する哀留のドタバタコメディ。
基本総愛され一部嫌われです。王道の斜め上を爆走しながら、どう立ち向かうか?!
◆pixivでも投稿してます。
◆8月15日完結を載せてますが、その後も少しだけ番外編など掲載します。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。
不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。
いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、
実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。
父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。
ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。
森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!!
って、剣の母って何?
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。
役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。
うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、
孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。
なんてこったい!
チヨコの明日はどっちだ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる