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第15話 煉獄長
03
しおりを挟むメグルの背中から吹き出す黒い霧が完全に止んだとき、咳き込みながら手術台のモグラが体を起こした。
床に倒れたメグルに気がつき、抱きかかえる。
「いったい何が起こったんだよメグル……。まさか、お前さんを倒しちまったのか、おいら……」
モグラの言葉が終わるや否や、メグルの眉がぴくりと上がる。
尋常ならざる自尊心の強さが、メグルの瞼を押し開けた。
「舐めるなモグラ……。お前なんかに、やられるものか……」
虚ろな視線を彷徨わせながら続ける。
「安心しろ……。誘拐された子どもはすべて魔鬼になった……。ある意味、人間に誘拐されるよりマシだ。取り敢えず、まだ生きているからな……」
眉間に深いシワを刻みながら、なんとか自分の力で体を起こす。
「いいかモグラ……。これまでに誘拐した子どもの情報を金山から問いただすんだ。そして子どもたちの体を魔鬼から奪い返してくれ……」
「奪い返してくれって……お前さんはどうする気なんだよ……」
立ち上がろうとするメグルの体を支えながら、モグラが訊ねた。
「……ぼくはこの越界門から、魔界へ越界する」
「なに言ってやがるんだよ! お前さん、気でも違ったのか!」
メグルがわずかに笑みを浮かべる。
「仮死状態にする注射で体のダメージはでかいが、どうやら頭は正常だ……。まえから一度、行ってみたかったんだよ……」
「ばかやろう、観光に行くんじゃねえんだ! 生きて帰れねぇぞ!」
モグラに肩を揺さぶられて、メグルの頭ががくがくと前後に揺れる。
「薄々感づいていたんだ……。六道にはそれぞれの世界に、相応しい霊格の魂が振り分けられている。ならば本来、魂の移動は頻繁に起こらないはずだ。
飛び級で昇界しているぼくは、過去に一度、地獄界へ堕ちている……。
もしくは、六道の魂ですらなかったのかも……」
「まさかお前さん……以前は魔鬼だったなんて……」
メグルは何もこたえず、普段見せないような笑顔を向けて、モグラの肩を力強く掴んだ。
「モグラ、ぼくが行ったらこの鏡を壊せ。いつまでも人間界にいてくれよ、またいつか戻ってくるからな!」
モグラの腕をほどいて、メグルは越界門に身を投げた。
その姿が、越界門の漆黒の闇に吸い込まれていく。
「ばかやろう! いつもひとりで突っ走りやがって! おいら、お前さんについて行くって、心に誓ったのによう……」
むせび泣くモグラの声が、十三階の廊下を静かに響く。
空を覆っていた黒雲はいつのまにか姿を消し、白銀色の満月がやさしく廃病院を照らしていた。
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