二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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第15話 煉獄長

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「……相変わらず邪智深じゃちぶかいやつ。不意打ちも躊躇ちゅうちょなくやるか」


 ずぶ濡れのメグルが白い息を吐きながら立ち上がり、窓枠に飛び乗った。
 背中から黒い霧を吹き出し、翼のように広げる。

 飛び上がった姿はまさに黒揚羽――。

 黒雲に覆われた冷たい雨が降りしきる空のもと、旋回して迫り来る水龍に向かって一直線に突進したそのとき。
 突如頭上から現れた二匹目の水龍が滝のごとく駆け下りて、大量の水とともにメグルを地面に打ちつけた。


 「無駄な感情は一切持たぬ。目的を達成するのに手段は選ばんよ」


 衝撃で窪んだ地面が池となり、メグルの背中がうつぶせに浮いている。
 その様子を廃病院の屋上から見ていたモグラが、飛び降りた。

 二匹の水龍の背を滑るようにして、地上に降り立つ。


 「無意味な正面突破とは、感情が先立つ六道輪廻メグルの魂が混ざったか……」


 慈悲とは無縁の表情で、水面に浮かぶメグルの背中をステッキで突いた。



 瞬間――。 



 自らの背中に激痛が走った。
 思わず膝をついたモグラの背中から、血がほとばしる。


 「貴様のような老獪ろうかいなジジイに無策で飛び込むものか」


 振り返ったモグラの目に、ジャケットを脱いだメグルの仁王立ちする姿が映った。
 鋭く尖った爪の先から、血が滴り落ちている。

 メグルは地面に激突した直後、水飛沫に紛れて廃病院一階の廊下に身を潜めていた。

 モグラの表情が、おだやかな笑顔に変わる。


 「なかなか面白かったぞ、また今度あそぼうな……」


 血反吐を吐きながらそう言った途端、二匹の水龍がモグラの体を飲み込んで、螺旋を描きながら飛び上がった。


 「……逃すかっ!」


 十三階の窓に飛び込んだ水龍を追って、メグルが飛び上がる。
 水浸しの廊下には、所々に血が滲んでいた。

 その血を追って、廊下の角を曲がる。
 闇に沈んだ廊下の突き当たり、弾け飛んだドアをまたいで灯りの漏れる手術室に入った。

 血溜まりの手術台の上で、モグラは意識を失っていた。


 「所詮、こいつも使い捨てか……」

 鋭く尖った爪を、モグラの喉元にあてる。

 「哀れなやつだが、また閻魔のジジイに体を奪われたら厄介だからね」


 そのまま喉を掻き切る。

 ……つもりだったが左腕が動かない。


 それどころか、黒い腕に血色が戻っていく。


 「如来にょらいとの契約を破り、魂を闇へといざなう魔鬼よ。すことは、如来にょらいすことと知れ……」


 メグルは思わず、右手で口を押さえた。
 その言葉は、意識せずメグルの口から発せられていた。


 「ぼくの大事な相棒をぼくに殺させるな……二条飛鳥!」


 「しぶといやつめ、完全に抑え込んだはずなのに……!
 出しゃばるな六道メグル! 完全に眠っていろっ……!」


 大声で喚き散らすも、時すでに遅し――。

 全身が硬直し、びくりとも動かなかった。


 「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界じっそうかいの法を犯す者よ。三世十方さんぜじっぽうべる如来にょらいの名において、魔界送りの刑に処す!」


 メグルの額に玉のような汗が浮かぶ。


 「愚かなやつめ! この動かない体で、どうやって魔捕瓶を使うつもりか!」


 嘲笑うメグルの紅い瞳が、しかし元の色に戻っていく。
 二条飛鳥は、己の意識がメグルの体から抜けていくのを確かに感じた。


 「閻魔のやつにしてやられた……。なるほど、越界門か……」


 すっかり観念した声色で、メグルがつぶやいた。

 その背中から黒い霧が吹き出している。
 それは鏡に大きく口を開けた越界門のなかに吸い込まれていた。


 「二条飛鳥……、お前の無限封印を解き魔界へ戻す。だが、ぼくはお前を許したわけじゃない……」


 メグルが崩折れて、床に倒れた。
 その口から二条飛鳥の声が漏れる。


 「裏切り者のお前を、わたしも絶対に許さない。メグル、いつかまたお前の体を奪ってやるわ……」


 そう言い残して、二条飛鳥の意識はメグルの体から消え失せた。



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