二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
64 / 70
第15話 煉獄長

01

しおりを挟む

 窓の外に広がる黒い森が強風に煽られてざわざわと騒ぎ、空を覆う黒雲から降り出した大粒の雨が、割れた窓から横殴りに吹き込んでいる。

 闇に沈んだ廊下に佇むメグルが、紅く光る瞳で、じっとこちらを睨みつけていた。


 「なあ、メグルよう……。お前さん、完全に意識を奪われちまってるのか? 返事しろよ……」


 シルクハットのつばと逆手に持ったステッキのあいだにメグルを捉えながら、モグラはじりじりと距離を詰めた。

 ステッキを持つ手に汗がにじむ。


 「忌々しい体だが復讐するには丁度いい。存分に使い潰してやる……」

 メグルの口から発せられたその声は、妖しく艶やかな女のものだった。


 「おとなしくその体を返しな! そのジャジャ馬はなぁ、おまえら魔鬼が乗りこなせるほど柔じゃねぇぞ!」

 メグルが自分の手のひらを見つめ、指を動かした。


 「乗りこなしてやるさ。こいつを愛する者たちを、この爪で切り刻んでやる……。六道輪廻(リクドウメグル)の絶望する顔を見れないのが残念だ……」

 「メグルを知ってるのか? お前さん、いったい何者だ?」 

 「……お前も知っているよ、菅野土竜。わたしはこいつに無限封印された魔鬼さ」


 モグラが眉を上げた。

 「二条飛鳥……! てめぇ、なんで解放されている?」


 とたんにメグルが嘲るような笑顔を見せた。

 「こいつが自ら魔捕瓶の蓋を開け、死にかけの己の体にわたしを取り込んだ……。笑える話でしょう?」

 メグルがゆっくりと近づいてきた。


 「それよりお前……。瞳の奥に何かが潜んでいるね……」

 妖しく光る紅い瞳で、モグラの瞳を射るように見つめた。

 そして静かに笑う。


 「ふふ……。盗み見とは趣味が悪いな、閻魔羅闍(エンマ ラジャ)」


 意味不明な言動に眉をひそめたモグラは、直後に強烈な睡魔に襲われた。
 耐えきれずにまぶたを閉じたそのあと、再びゆるりと目を開ける。


 「ばれたかね……」

 その瞳が銀色に輝いていた。

 「この体は人間界を見るのに都合がいいのでな。なんせ三〇〇年も居座っておるベテラン越界者だ。たまに使わせてもらっておる」


 メグルは顎をさすりながら視線を彷徨さまよわせると、やがて合点がいったようにモグラに焦点を合わせた。


 「そうか、おまえが黒幕だったのか……。六道を管理する煉獄長れんごくちょうが、管理人に魔鬼を襲わせ何を企む?」


 「企んどるのはきみらの方じゃろう。近頃、託された役目以上に人間界を荒らしているようじゃの? なので、ちょいとほれ、忠告じゃよ……」


 「我ら同志の記憶を奪い、たぶらかし、鉄砲玉として使い捨てるか。相変わらず無慈悲なやつめ」


 メグルの言葉を受けて、モグラが笑みを浮かべる。

 「六道輪廻リウドウメグルのことを言うとるのかね? 混沌を望む魔鬼がおかしなことを……。 
 使えるものは己の手足のごとく躊躇ちゅうちょなく使う。すべてはひとつ、わしも如来にょらいの一部に過ぎん。みな繋がって……」

 モグラの言葉が終わらぬうちに、メグルの横の割れた窓から、猛烈な勢いで大量の水が流れ込んだ。

 メグルは壁に叩きつけられ、激流とともに廊下を流される。

 そのなかで体勢を直したメグルは、即座にモグラの姿を捉えようと視線を走らせた。

 廊下を流れる激流は一本の水柱となり、割れた窓から外へ飛び出していく。


 その姿はまさに空を舞う水龍だった。


 「……相変わらず邪智深じゃちぶかいやつ。不意打ちも躊躇ちゅうちょなくやるか」





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★ 巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか? 死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。 終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。 壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。 相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。 軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。

視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。 誰もいないはずの部屋に届く手紙。 鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。 数え間違えたはずの足音。 夜のバスで揺れる「灰色の手」。 撮ったはずのない「3枚目の写真」。 どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。 それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。 だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。 見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。 そして、最終話「最期のページ」。 読み進めることで、読者は気づくことになる。 なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。 なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。 そして、最後のページに書かれていたのは—— 「そして、彼が振り返った瞬間——」 その瞬間、あなたは気づくだろう。 この物語の本当の意味に。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

足が落ちてた。

菅原龍馬
ホラー
これは実際に私が体験した話です。 皆さん、夜に運転する時は気を付けて下さい。

都市伝説ガ ウマレマシタ

鞠目
ホラー
「ねえ、パトロール男って知ってる?」  夜の8時以降、スマホを見ながら歩いていると後ろから「歩きスマホは危ないよ」と声をかけられる。でも、不思議なことに振り向いても誰もいない。  声を無視してスマホを見ていると赤信号の横断歩道で後ろから誰かに突き飛ばされるという都市伝説、『パトロール男』。  どこにでもあるような都市伝説かと思われたが、その話を聞いた人の周りでは不可解な事件が後を絶たない……  これは新たな都市伝説が生まれる過程のお話。

処理中です...