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第14話 魔鬼
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しおりを挟む「なんてこった……。お前さんと戦う羽目になるたぁ……」
地鳴りのような振動が病棟を細かに揺らす。
廊下を照らしていた月明かりが、突如湧き出した黒い雲に覆われて消える。
辺りが闇に包まれた隙に、香澄は紬を抱きかかえ階段に駈けもどった。
「おねえちゃん、なんでもっと早く助けにきてくれなかったの! ひどいよ! 凄く怖かったんだから!」
十二階と十三階の踊り場にしゃがみこんだ香澄の背中を何度も叩いて、抱きかかえられた紬が訴える。
「こんなところじゃ嫌だ! 早くわたしを連れて逃げて! あの化け物に殺される! 早くしてったら!」
雨宮香澄は如月紬の体を強く抱きしめながら、悲しそうに顔を歪ませた。
「こんなことを言っても、あなたには信じられないでしょう……。如月紬は雨宮香澄にただの一度も泣き言を口にしたことはないって……」
泣きじゃくっていた紬の声が、とたんにとまった。
「怖いことも、辛いことも、それこそ死にそうな苦しい目にあっても、わたしに抱きつき腕のなかで静かに泣くだけで、じっと耐えてきた……。そんなことも知らないあなたが、如月紬の訳がない……」
まるで人形のように黙り込んだ如月紬。
やがて香澄の肩越しに聞こえたのは、低く嗄れた男の声――。
「ばれちまったか……。警戒して、お前のまえでは完全に意識を潜めていたのに、つい油断しちまったぜ……」
抱きついた細く小さな手が、墨を塗ったように黒く変色していく。
嘲るような声色で、如月紬が続けた。
「だけどなあ、お前の大好きな如月紬は、とっくの昔に間男に殺されちまってるんだよ……。おれは死体を駈る魔鬼って者だ! どうした雨宮香澄、絶望したか? それならあとを追ってお前も死んじまいなっ! お前の死体はおれが奪って……」
言い終わるまえに、魔鬼は気が付いた。
雨宮香澄の紺色のコートの背中が、いつのまにか金色に輝いている。
首をひねって見上げると、香澄の頭上にも金色の光輪が浮いている。
「お前、まさか……?!」
如月紬は体をよじって腕から抜け出そうとするが、香澄の腕はびくとも動かない。
腕のなかで暴れながら、叫び声をあげる。
「なんで四聖が人間界にいるんだ! 貴様ら、六道に干渉なんかして許されるのか!」
光輝く体で紬を抱きしめながら、香澄が耳元でささやく。
「六道に干渉してならないのは魔鬼も同じ……。これ以上、姑息な手段で悪意を蔓延させるのならば、煉獄長も必要悪とは認めず、手段を講じるでしょう……」
「愚かな魂どもを六道に閉じ込めた特権階級気取りの貴様らが、何をいまさら偉そうに……!」
紬が力づくで腕から抜け出そうとしたとき、雨宮香澄が如月紬の両肩をつかんで、自分の前に突き出した。
雨宮香澄の瞳は消え失せ、目から眩しい光を放っていた。
「あなたは、雨宮香澄がこの世で一番尊敬する坂田佐和子に罪を負わせた。そして雨宮香澄を絶望させ、自殺に追い込んだ。わたしが何より許せないのは、如月紬を…………」
眩しい光を放ちながら、雨宮香澄が大きく口を開ける。
恐怖で体を強張らせた紬は、即座にぎゅっと目をつぶった。
その刹那、すべての音が消え失せた。
香澄の口から吐き出された光の砲撃が紬の全身から黒い霧を吹き飛ばし、粒子となって飛散する。
やがて瞼を開けた如月紬の瞳に映ったのは、光輪を背にしてやさしく微笑む雨宮香澄。
「香澄ねえちゃん……ありがと……」
雨宮香澄の体から、徐々に光が消えていく。
すべての光が消え、再び辺りが闇に包まれたとき、如月紬は雨宮香澄の腕のなかで静かに息を引き取った。
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