54 / 70
第12話 紬の家
03
しおりを挟む雨宮香澄は如月紬が住む二階建てのアパートにやってきた。
夕日に照らされたサビの浮く外階段を駆け上がり、通路の一番奥にあるドアを叩く。
「紬ちゃん、いる? いるなら返事して!」
なんども呼びかけるが、返事はない。
諦めきれずにドアノブをがちゃがちゃ回していると、寝癖のついた金髪の男がドアを開けた。
「うるせえな! 典子は仕事に行ったよ」
無精髭を撫でながら、寝ぼけ眼で雨宮香澄の全身を舐めるように見る。
「……あんただれ? 典子の友達じゃねえよな」
「紬ちゃんに会いたいんです。会わせてください」
「なんだ紬に用事? あいつは具合が悪くて寝てるんだ……ちょ待て、上がるな!」
金髪男の言葉が終わるまえに、脇をすり抜けて部屋へ押し入った。
腐敗した匂いが漂う流し台を横切り、廊下を埋め尽くすゴミ袋を掻き分けて奥の部屋をのぞく。
ゴミが散乱したベッドにも、床に敷きっぱなしの布団にも紬の姿はなかった。
後ろをついてくる金髪男に振り返って訊く。
「……何処にいるの?」
「知らねーよ、俺のガキじゃねえし」
「あなた、紬の父親がわりでしょ!」
「おれは典子……あいつの母親と付き合ってるだけ。前の男とのガキなんか知るかよ」
寝癖頭をかきながら欠伸をした金髪男の頰を、怒りに任せて平手で殴った。
「てめっ! 何しやがる」
金髪男が香澄を押し倒した。
香澄は両腕を布団の上に押さえつけられた。
顔を近づけてくる金髪男に、香澄が怒鳴る。
「あなたが紬を虐待してるの、知ってるんだからね!」
「ああっ? 証拠でもあんのかよ?」
「あの子は隠そうとしたけど、紬ちゃんの体に痣を見たことがある」
「あいつはバカだから階段からすぐ落ちるし、ポットもまともに扱えねえから火傷もするんだよ。だいたいあんなやつ放っておいても平気だろ。わんわん泣いてうるせーから真冬のベランダに閉じ込めたこともあるが、翌朝もフツーに生きてたぜ?」
雨宮香澄がつかまれた手を離そうと暴れた。
「離して、警察に通報して捜索願いを出す!」
「無駄だぜ。前の男のところに行った……って警察には説明する。典子ともそうゆう話になってる」
「……坂田佐和子とも、話はついてるのね?」
「……驚いたな、なんでそれを知ってる」
とつぜん雨宮香澄が抵抗をやめた。
無気力な視線で男を見つめる香澄を見て、金髪男は手を緩めた。
「おとなしいな、やっと覚悟を決めたか?」
香澄はつかまれた右手を素早く抜き取り、男の目の前に握った手を見せた。
「なんだ……?」
訝しげに見つめる金髪男の目の前で、香澄がゆっくりと手をひろげる。
手のなかに握られた黒い肉片が香澄の胸の上にぼたりと落ちた。
「なんだそれ、気持ち悪りい!」
悲鳴にも似た声を上げて、男が飛び退いた。
香澄はゆっくりと立ち上がり、もう一度右手を握りしめ、腰を抜かしている男の目の前に突き出した。
「さっきのはあなたの脾臓……。そしてこれはあなたの腎臓……」
香澄が開いた手の平から、赤黒い肉片がふくれあがる。
ぼたりと男の目の前に落としたとたん、男がうめき声をあげて苦しみだした。
「よく聞きなさい、間男のきみ……。もし紬の内臓が抜き取られていたら、あなたの内臓をさらに抜き取るわ……。
もし紬がすでに死んでいたら……あなたの命もないと思いなさい」
3
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★
巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?
死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。
終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。
壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。
相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。
軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

りんこにあったちょっと怖い話☆
更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】
ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡
田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。
あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。
おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。
ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる