二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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第11話 坂田佐和子

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「なんてくだらないの……本当にあなたは何もわかってないっ……!
 わたしはこの『つながり』を誇りに思っている! 不幸にも愛情に飢え、健康的に育っていない不憫な子を、わたしが代わりに育てられるなら、金山になんかいくらだって尻尾を振れる!」

 「子どもの命を売っておいて、それがあなたの正義ですか?」

 「正義なんて言うつもりないっ! すべてのごうはわたしが背負います!
 でも人間だって同じゃないですか? 牛や豚だって小さな頃から愛情をかけて育てた子は、目に入れても痛くないほど可愛いはずです! うちの子を出荷するときは、わたしだって心のなかで涙を流すんです!
 人間と家畜、どこに違いがありますか?」

 沸き立つ鍋の音だけが、食堂の中に響いている。
 モグラの小さな呟きが、ふたりを包む沈黙を破った。

 「わたしも畜生ちくしょう界からの越界者です」

 「…………!」

 「人間界でわたしの仲間が切り刻まれ、余興のために飾り付けられ、食べることなくゴミとして捨てられていく姿を、わたしは何度も目にしました……。
 わたしはあなたの気持ちに共感はできない。だが人間の側に立ち、あなたを断罪する理由もない」

 モグラはシルクハットを目深まぶかに被り直し、佐和子の正面になるようつま先を揃えると、壁に立てかけられたステッキを手に取り、佐和子に語りかける。


 「坂田佐和子、あなたは本来、その罪深さゆえ地獄界へ送られるが、わたくしに与えられた特別な権限において、もとの『畜生界』へ戻します」

 シルクハットのつばからわずかにのぞいた瞳が、銀色に輝いている。

 「それがわたしが出来得る、最大の譲歩です」


 「情けなんていらない……わたしはっ……!」

 坂田佐和子は震える手で包丁を強く握りしめ、声を振り絞って叫んだ。

 狐のような耳が髪をかき分け立ち上がり、全身が逆立つ金色の毛で覆われ、スカートの中からも毛に覆われた尻尾が垂れる。


 「わたしのかわいい子どもたちとの『つながり』を捨てるくらいなら、ここであなたと戦い、死ぬこともいとわないっ!」


 坂田佐和子が包丁を突き出し、モグラに飛びかかってきた。
 即座にモグラがステッキで床をつく。
 その直後、波打つような巨大な揺れが子ども食堂を襲った

 唸るような鳴動と共に、厨房の壁に並んだ三つの蛇口が根元から弾け飛ぶ。
 刺すほどの勢いの水が噴き出し、坂田佐和子の体を壁に叩きつけた。
 その体に、容赦無く凍るような冷たい水が降り注ぐ。


 「わたしは……まだ……」

 教会の鐘のような低い音を響かせ、沸騰した大量の湯をたたえた大鍋が床に落ちた。
 ぜるが如く立ちのぼる湯気で、厨房が真っ白に包まれる。

 「まだ……子どもたちの……」


 白いもやの中で坂田佐和子の影が立ち上がり、よろめきながら床に散らばった野菜や肉を拾い集め、調理台に向かって歩き出す。

 濡れそぼった毛だらけの体でまな板の前に立ち、折れて外側に向いた手首のまま包丁を握った。


 「子どもたちのために、あたたかい料理を……」


 しだいにその体は小さく縮み、獣の姿になって水浸しの床に倒れた。
 白くけぶるなかをモグラは静かに歩み寄り、その小さな体を抱きしめる。


 やがて水の勢いが弱まり、湯気が収まったとき、坂田佐和子の体はモグラの腕の中から消えていた。


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