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第10話 小野寺さん
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公園脇の歩道にあるマンホールの中から、蓋を少しだけ開けて辺りを見渡す。
まぶしい朝の陽が目に飛び込み、モグラはぎゅっと目をつぶった。
乾燥した冷たい空気が、ぴんっと張った口髭を静かに揺らす。
「なつかしい……また穴蔵生活に戻ってしまった……」
辺りに誰もいないことを確認したモグラが大きく蓋を開けようとしたとき、とつぜん蓋が重くなり頭を打った。
「もぐら叩きっ!」
そう叫びながら、誰かが蓋の上でジャンプしている。
モグラは何度も蓋に頭をぶつけながら、なんとかマンホールから這いずり出た。
「……ドリュウさん、朝からモグラごっこですか?」
振り返ると、コートのポケットに手を突っ込んだ雨宮香澄が冷やかな視線で見下ろしている。
そのとなりで悪戯っぽい笑顔を向ける如月紬もいた。
「下水道調査だ……」
「へえええ……」
モグラの苦しい言い訳を興味なさそうに聞き流して、香澄がつづけた。
「メグルくんに伝えといてください。今日が約束の期限と……」
朝寝坊したメグルの手を引いて、モグラが子ども食堂の引き戸を開ける。
すると、いつも通りの活気のある音が聞こえてきた。
厨房をのぞくと、朝日に照らされ銀色に輝く光のなかで、坂田佐和子が忙しそうに今晩の仕込みをしていた。
「佐和子さん大丈夫ですか? たまにはお休みを取られてみては……」
モグラが心配そうに声をかけるも、佐和子はいつもの笑顔でこたえた。
「おはよう、ドリュウさん! 吹っ切れたからもう大丈夫よ! またお掃除を頼めるかしら?」
佐和子の元気そうな姿に、モグラが顔をほころばせる。
「もちろん、よござんすよ!」
眠そうに目をこすりながら、その様子を食堂の入り口から見ていたメグルは、ひとりつぶやいた。
「吹っ切れた……。なにを……?」
*
その日は夕方になっても加藤誠司が現れなかった。
いつも早めに顔を出し、食堂をころころとした笑い声で満たす如月紬の姿もない。
「誠司くん、今日も小野寺さんの家に配達に行くって言ってたのにな……」
メグルが食堂のテーブルで人参の皮をスライサーで剥いていると、坂田佐和子が弁当のパックを手に声をかけてきた。
「……メグルくん、配達頼める?」
「えっ、ぼくまだ小学生ですけど、行っていいんですか?」
「もう吹っ切れたの。みんなのために、どんどんやってかないと『つながり』、なくなっちゃうからね」
佐和子の寂しそうな笑顔に、メグルは元気に返事をした。
「ぼく頑張ります、みんなで『つながり』を守っていきましょう!」
弁当を配達用バッグに入れ、メグルが走って食堂を出ていく。
入れ違いで買い出しから戻ってきたモグラが、公園の芝生広場を見ながら引き戸を閉める。
「あんなに張り切っちゃってまあ……。メグルのやつ猪みたいに走って行きましたよ。なかで弁当片寄らなきゃいいすけどねぇ……」
笑いながら振り返ったモグラの前に、神妙な表情の坂田佐和子が立っていた。
上目遣いでモグラを見つめる。
「ドリュウさんはわたしの側で手伝っていてくださいね。ずっと……」
とつぜんの告白めいた言葉に、ゆでダコのように顔を赤らめたモグラが素っ頓狂な声を上げた。
「ひゃいっ! よろこんでっ!」
まぶしい朝の陽が目に飛び込み、モグラはぎゅっと目をつぶった。
乾燥した冷たい空気が、ぴんっと張った口髭を静かに揺らす。
「なつかしい……また穴蔵生活に戻ってしまった……」
辺りに誰もいないことを確認したモグラが大きく蓋を開けようとしたとき、とつぜん蓋が重くなり頭を打った。
「もぐら叩きっ!」
そう叫びながら、誰かが蓋の上でジャンプしている。
モグラは何度も蓋に頭をぶつけながら、なんとかマンホールから這いずり出た。
「……ドリュウさん、朝からモグラごっこですか?」
振り返ると、コートのポケットに手を突っ込んだ雨宮香澄が冷やかな視線で見下ろしている。
そのとなりで悪戯っぽい笑顔を向ける如月紬もいた。
「下水道調査だ……」
「へえええ……」
モグラの苦しい言い訳を興味なさそうに聞き流して、香澄がつづけた。
「メグルくんに伝えといてください。今日が約束の期限と……」
朝寝坊したメグルの手を引いて、モグラが子ども食堂の引き戸を開ける。
すると、いつも通りの活気のある音が聞こえてきた。
厨房をのぞくと、朝日に照らされ銀色に輝く光のなかで、坂田佐和子が忙しそうに今晩の仕込みをしていた。
「佐和子さん大丈夫ですか? たまにはお休みを取られてみては……」
モグラが心配そうに声をかけるも、佐和子はいつもの笑顔でこたえた。
「おはよう、ドリュウさん! 吹っ切れたからもう大丈夫よ! またお掃除を頼めるかしら?」
佐和子の元気そうな姿に、モグラが顔をほころばせる。
「もちろん、よござんすよ!」
眠そうに目をこすりながら、その様子を食堂の入り口から見ていたメグルは、ひとりつぶやいた。
「吹っ切れた……。なにを……?」
*
その日は夕方になっても加藤誠司が現れなかった。
いつも早めに顔を出し、食堂をころころとした笑い声で満たす如月紬の姿もない。
「誠司くん、今日も小野寺さんの家に配達に行くって言ってたのにな……」
メグルが食堂のテーブルで人参の皮をスライサーで剥いていると、坂田佐和子が弁当のパックを手に声をかけてきた。
「……メグルくん、配達頼める?」
「えっ、ぼくまだ小学生ですけど、行っていいんですか?」
「もう吹っ切れたの。みんなのために、どんどんやってかないと『つながり』、なくなっちゃうからね」
佐和子の寂しそうな笑顔に、メグルは元気に返事をした。
「ぼく頑張ります、みんなで『つながり』を守っていきましょう!」
弁当を配達用バッグに入れ、メグルが走って食堂を出ていく。
入れ違いで買い出しから戻ってきたモグラが、公園の芝生広場を見ながら引き戸を閉める。
「あんなに張り切っちゃってまあ……。メグルのやつ猪みたいに走って行きましたよ。なかで弁当片寄らなきゃいいすけどねぇ……」
笑いながら振り返ったモグラの前に、神妙な表情の坂田佐和子が立っていた。
上目遣いでモグラを見つめる。
「ドリュウさんはわたしの側で手伝っていてくださいね。ずっと……」
とつぜんの告白めいた言葉に、ゆでダコのように顔を赤らめたモグラが素っ頓狂な声を上げた。
「ひゃいっ! よろこんでっ!」
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