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第9話 決裂
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しおりを挟む「あの子のことを……?」
メグルは弾けるような笑顔で走り回っている如月紬に目を向けた。
雨宮香澄も悲しそうな視線で紬を見つめている。
「助けたい……という強い感情に覆われていて記憶が読みきれない。彼女の魂はまだ、ショックと絶望で満たされているのよ……」
おもむろに雨宮香澄がテーブルに片手を置いた。
ゆっくりと持ち上げると、そこに真珠色の粒子が揺蕩う魔捕瓶が現れた。
「約束……でしょ?」
しかしメグルは、そっと魔捕瓶を押し返した。
「核心といえる情報じゃなかった。何もわからないのと同じです」
とたんに雨宮香澄の瞳が冷たくなっていく。
それはもう雨宮香澄のものではなく、二条美華の瞳だった。
「……もしかしてきみ、わたしを都合よく利用できるとでも?」
射るような鋭い眼差しで睨まれて、メグルの額に汗が浮かぶ。
「あなただって……何かわからない悪意のなかにいる紬ちゃんを守りたいと思ってるはずだ。そうでしょう?」
雨宮香澄と魂が混ざり合っているいまこそ、二条美華を説得して協力を得る好機――。
しかしメグルの決死の訴えは、二条美華の氷のように冷たい視線に脆くも砕かれた。
「きみ、刑務所って知ってる? 罪人が入る施設……。この人間界にあるでしょう?」
「……何の、話ですか?」
そう返したメグルは、自分の声が震えていることに気づいた。
本能が四聖である二条美華を畏怖していた。
「そのなかでいま、何が起きているかきみ、知ってる?」
「わからない、なんでいまそんな話を……」
「よく聞いてメグルくん。わからないんじゃない、知ろうとしていないの……。善良に暮らしている外の人間にとって、刑務所のなかで何があろうと関係ない。仮に刑務所のなかで理不尽や悪に苦しむ者があったとしても、大抵の人間はこう思うはずよ。
そんなの知ったことではない、だって彼らは罪を犯した悪人なんだから……。
わかるメグルくん? わたしたち四聖も同じ。六道をさまよう魂ごときが、どんな理由で苦しんでいようと知ったことではない。だって彼らは霊格の低い、苦しむべき魂たちなのだから……」
二条美華が左手をテーブルにのせ、コートの袖をまくった。
手首に巻かれた包帯から、血が滲んでいる。
「わたしが雨宮香澄の体から出て行けば、彼女は五分もしないで絶命する」
二条美華の思わぬ行動に、メグルが動揺する。
「……脅すのか!」
「先に脅してわたしを利用しようとしたのはメグルくん、きみの方よ……。
一日だけ待ってあげる。それまでにお姉さまを……杏香を解放しなければ、わたしは躊躇なくこの体を捨てる」
二条美華は席を立ち、魔捕瓶をコートのポケットに入れた。
「紬ちゃん、そろそろ帰ろっか? おうちまで送るよ!」
如月紬に向けた表情は別人と思えるほどの笑顔で、雨宮香澄のものに変わっていた。
雨宮香澄が如月紬を連れて『つながり』をあとにする。
急激な疲労感に襲われて、メグルはテーブルに突っ伏した。
二条美華が人間を理解しようとしてるだなんて、ぼくの甘い考えだった。
魔捕瓶の蓋を開けたら、二条姉妹は迷うことなくぼくを襲うだろう。
そのために彼女たちは、人間界へ来たのだから……。
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