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第8話 配達
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しおりを挟む「えっ、連絡も取れなくなるんですか?」
階段を降りて団地を振り返った加藤誠司に、つられてメグルも振り返る。
夕闇に沈んだ四階建ての団地は、ほとんどの部屋に明かりが灯っていた。
夕食の準備をしているのだろう、様々な料理の匂いが漂っている。
「嫌になっちまったのかなぁ、いろんな現実見せられて……。とくにここ一年くらい、俺が知ってるやつだけで五~六人はいるよ。そうやってみんな『つながり』からいなくなっていくんだ。まあ、俺も来年高校卒業するし、東京に行くつもりだけどな……」
「東京へ……何しに行くんですか?」
「調免とって店開きたいんだ。中坊の頃、初めて『つながり』の飯食ったときに決めたんだ。おれも坂田さんみたいに温ったけぇ心のこもった飯を作るんだってな!」
加藤誠司はとつぜん気が付いたように、メグルに言った。
「あ、中村さんも酒入ってなけりゃあ結構いい人だから、あんま気にすんなよ? お前が軽々しく配達手伝いたいって言うから、まずはダークな現実、見せてやろうと思ってよ」
「雨宮さんも配達してたんですよね?」
「香澄? ああやってるよ。たまに体触ってきたり、部屋に連れ込もうとする奴がいるとか愚痴ってたけどな」
「ええっ、そんな危ないこともあるんですか?」
「まあ、たまにな……。だから配達を子どもたちに任せるようになった坂田さんに反感を持つやつも何人かはいるよ。なんで俺たちにこんな仕事まかせるんだってな……。
だけどガキの頃から世話になってるし、ほとんど一人で切り盛りしてる坂田さんを見れば、多少嫌なことがあってもみんな手伝うんだ。先輩たちもそうやって『つながり』を支えてきたわけだし……」
加藤誠司は気持ちを切り替えるよう、大きく背伸びをした。
「でもよ、俺はやりがいを感じてるんだ。初めて弁当届けたとき、俺より遥か年上のばあさんが、すごく丁寧にお礼をするんだ。俺みたいなチャラついた若造にだぜ? ガンッて頭を殴られた気がしたよ。あの瞬間、俺の見ていた世界が一八〇度変わったんだ……。人に迷惑かけてばっかの俺が、人の役に立ちたいって本気で思った。……これも全部、坂田さんのおかげだよな」
しんみりと語る加藤誠司に、メグルが話しかける。
「なかには疑念を抱くひともいるけど、誠司くんやほとんどのひとは坂田さんを信頼してるんですね」
「あたりめーだろ! 母親のいない俺にとっては、本物の母親みたいな存在だぜ、なめんなよ!」
「そうだったんですか……」
加藤誠司は颯爽と自転車にまたがり、制服のポケットからメモ用紙を取り出した。
「次は一人暮らしのじいさんだ。足が悪くてなかなか外出できないんだってよ。俺も行くのは初めてだな……」
スマートフォンの地図でルート検索しながら、加藤誠司が自転車を漕ぎだす。
あわててメグルも走って追いかけた。
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