二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
33 / 70
第7話 あしながおじさんと女の子

01

しおりを挟む
 氷のように透きとおる澄んだ空気が、刻々と近づく冬の気配を伝える朝。

 モグラは布巾でテーブルを拭きながら、窓から差し込む朝日で銀色に輝く厨房に立ち、せわしく料理の下ごしらえをする坂田佐和子をずっと見つめていた。

 「今日も訪れるであろう、子どもたちや貧困家庭の親子たちのために、あんなにも額に汗して頑張っている佐和子さんを疑うなんて、管理人も見る目が落ちたものだ……嘆かわしい」

 石油ストーブの上に置いたやかんから、しゅんしゅんと湯気が立っている。
 メグルとモグラは、泊めてもらったお礼に食堂の掃除をしていた。

 「ぼくを殺そうとしていた二条美華の話を、ぼくだって簡単に信じている訳じゃない……。だが彼女がわざわざ管理人のぼくに異常を伝えるってことは、どこかで越界者が絡んでるいんだろう……。そうだ!」

 子どもスペースのカーペットを粘着クリーナーで掃除していたメグルが、思いついたように部屋の隅に置いた肩掛けカバンを手に取った。中から牛乳瓶の底のような分厚いレンズの黒縁眼鏡を取り出す。

 「こっそり星見鏡ほしみきょうで見てみよう。不法に人間界に入界した越界者には、乗り越えるべき試練なんて与えられてないから星がないもんな」

 そそくさとモグラが駆け寄り、小声で訪ねる。

 「……どうよ?」

 メグルは眼鏡のフレームを人差し指でずり上げながら目を細めた。

 「ええと……試練星六個、成就星三個」

 モグラが分析する。

 「初めての世界に転生した者には、まず十二個の試練が与えられる。一度の人生で乗り越えられる試練は、大抵二~四個。人生を終えた時点で成就星は頭の上から消えるから、全部で九個ってぇことは、たぶん二度目の人間界だな」

 メグルが星見鏡を外して、首をかしげた。

 「まあ、あの年齢ですでに三個の試練を乗り越えてるんだから、割とよくやってる感じだけど……。子ども食堂をやるくらい徳を積んでるんだから、もっと成就星があってもよくないか?」

 「甘いぞメグル」
 モグラが得意げにぴんっと口髭を指で弾いた。

 「試練星はその者の克服すべき悩みとか欠点、省みるべき悪行あくぎょうによって生まれる。つまり善行ぜんこうで減らせるものではないのだよ」

 「ふ~ん……」

 いつになく尊大な態度で説明するモグラに、メグルはちょっとカチンときていた。

 「でもあれ、擬星玉ぎぼしだまかもしれないよな?」

 確認しろモグラ。って感じでメグルが星見鏡を手渡した。

 「どれどれ、う~ん。あの星が本物か偽物か、よく見てもわからねぇなぁ……って当たり前だろ! 越界者であることが管理人にバレないようおいらが作ってバラ蒔いたのが擬星玉だ。星見鏡で見分けがついてたまるか!」

 メグルが舌打ちする。

 「製作者が見分けつかないほど精巧せいこうに作るなよ、バカか……」

 黒縁眼鏡のモグラが、顔を真っ赤にして反論した。

 「本来は擬星玉検索プログラムが入ったパソコンで探すんだ! 追い出された探偵事務所にパソコン置きっぱなしなんだから、しょうがないじゃないの!」

 星見鏡をメグルに投げ返す。

 「だいたい星の真偽しんぎを確認するまでもねぇや! あんなに子どもたちを愛する慈悲深い佐和子ちゃんが、越界者のわけねえじゃねぇか! お前さんは人を見る目がねえんだよ! そんな眼鏡をかける前に心眼を鍛えろ、心眼を!」


 すると厨房から坂田佐和子が笑顔で話しかけてきた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★ 巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか? 死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。 終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。 壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。 相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。 軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

足が落ちてた。

菅原龍馬
ホラー
これは実際に私が体験した話です。 皆さん、夜に運転する時は気を付けて下さい。

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

長野県……の■■■■村について

白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。 ■■■の物語です。 滝沢凪の物語です。 黒宮みさきの物語です。 とある友人の物語です。 私の物語です。 貴方の物語でもあります。 貴方は誰が『悪人』だと思いますか?

処理中です...