21 / 70
第4話 正体
04
しおりを挟む「なんてことだ……。ぼくの読みが、すべて間違っていたなんて……」
茫然自失のメグルに、上腕二頭筋をぱんぱんに隆起させた店長が、五十キロのダンベルを両手に持ってにじりよる。
「美沙衣ちゃんが直々に案内したのは誤算だったが、まあいいぜ……。今度こそ確実に殺して、お前も焼き鳥にして喰ってやらあ!」
いまは反省している場合じゃない……。
メグルは懸命に頭の切り替えに努めた。
「……あなた、『餓鬼界』からの越界者ですよね?」
そして肩掛けカバンから魔捕瓶を取り出す。
「貪るは餓鬼。常に欲し常に飢え、その欲は止まることを知らず。他を妬み他を欺き、我欲を満たす為なら、他の命を奪うことも厭わない……」
メグルは手にした魔捕瓶を思い切り振って、小気味好い音を響かせながらコルク栓を抜き取ると、ごくごくと飲む真似をした。
「てめぇ……いったい何してやがる? こんなときに……!」
信じられないという表情で足を止めた店長に、ぷはぁ~っと息を吐いたメグルが笑顔でこたえる。
「タンパク質含有量九十八%、最高級のWPHプロテインですよ。戦いのまえに、あなたも飲みますか?」
「タンパク質九十八%……WPH……」
光に引き寄せられる昆虫のように、ふらふらと近づいてきた店長にメグルが魔捕瓶を投げる。
ひょいっと投げられた蓋の開いた瓶を、中身をこぼすまいと慌てて両手で受け取った店長は、当然のごとく五十キロのダンベルを足に落して悶絶する。
「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界の法を犯す者よ。管理人の名において、地獄界送りの刑に処す!」
店長は自ら受け取った魔捕瓶の中に、ぎゅるぎゅると排水口に流れ込む下水のような音を響かせながら、頭から吸い込まれていった。
「ブラボー、見事だったよ管理人のきみ」
カウンターに肩肘をつきながら見ていた魔鬼紳士が拍手をした。
「たったの二ヶ月……。こんなにも早くわたしの越界門を嗅ぎつけるとは、いい鼻をしている。よい条件の越界門だったが、きみの優秀さに免じて、ここは封鎖するとしよう。では失礼するよ……」
カウンターに置いてあったシルクハットを被り、背中越しに手を振ってジムを出て行こうとする男に、メグルが声をかける。
「おい待て。逃がすわけないだろ」
魔鬼紳士がぴたりと足を止めた。
ゆっくりと振り返りながら、地鳴りのような声をあげる。
「あああぁ~~~~ん? 逃げるぅうううう~~?」
呼び止めたことを後悔するほどの眼力に、メグルは一瞬たじろいだ。
「何かの聞き間違いかな? 管理人のきみの仕事は越界者の確保だろう? まさか魔鬼である私に楯突こうとする訳じゃあるまいね?」
メグルの額から一筋、汗が流れ落ちる。
「……後悔する瞬間もあるけど、もう決めてしまったんだ……ぼくは魔鬼を捕まえる」
魔鬼紳士は一転温和な表情に戻り、またパイプ椅子に腰をかけた。
「まあ、落ち着きたまえよ管理人のきみ。わたしは何も罪を犯していない。無罪の紳士を捕まえる訳にはいくまい?」
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★
巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?
死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。
終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。
壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。
相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。
軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

りんこにあったちょっと怖い話☆
更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】
ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡
田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。
あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。
おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。
ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる