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第3話 宵の刻
03
しおりを挟む「以前の経営者? しかも林って……」
一升瓶を抱えながら、モグラが眉をしかめる。
「そうだよ、オーナーの妹さ。まあ、ご破算てことであんたも知ってるだろうが、例の殺人事件以降、ジムも廃業に追い込まれるし、彼女も随分メンタルをやられちゃってさ……。よくウチで酒飲みながら死にたいなんてボヤいてたよ……」
店長は肉を刺した串を数本、焼き台に乗せながら続けた。
「バカなこと言ってんじゃねぇ、あんたの責任じゃないし、いつかは報われるって俺は励ましてたんだけどな……」
自ら冷酒をコップに注ぎながら、モグラが訊ねた。
「なんでぇ、よく知った仲じゃねぇか。昼間に顔合わした時は、なんか他人行儀に見えたけどよ……?」
炭火に炙られ、ちりちりと音を立てる焼き鳥に視線を落としながら、店長が寂しそうにこたえた。
「彼女、ある日を境に、とつぜん別人みたいに変わったんだよ。いつもジャージ姿だったのに、普段着ないようなスーツ姿になって目つきも鋭くなっちゃってさ……。ある朝、挨拶したんだけど、俺のことなんて知らないみたいに無視されたよ。自殺なんかしないで強くなったのはいいけど、俺は以前のほんわかした美沙衣ちゃんの方が好きだったな……。これ、うちのオリジナルの試作品、食いなよ」
出された試作品の焼き鳥にかぶりつきながら、モグラが首を傾げる。
「あのふたりが姉妹ねぇ……。まあ、関係ないか……。いや、どうだろか……? なんらおい、この肉、硬ぇな~! 店長、ちょっと食ってみろ!」
突き返された食べかけの焼き鳥を、店長が押しもどす。
「おれ、筋肉のためにササミしか食わないんで……。ところで、一緒にいた息子はどうしたんだい?」
泥酔のモグラが、しゃくりあげながらこたえた。
「九階のジムに……いるんじゃ……ねぇか」
とつぜん作業を止めて、店長が詰め寄った。
「なんでまだジムに? ご破算だったんだろ?」
「とりあえず何泊かして、幽霊なんていないと確かめてみればぁ~なんて美華ちゃんに言われちゃってさ……。息子もすっかりその気になっちゃって……。どうした、怖い顔しちゃってよう?」
唖然とした表情の店長が、気が付いたように返事をした。
「ああ、いや……。いらっしゃい」
丁度そのとき、黒いコートにシルクハット、黒いスーツに身を固めたがっしりとした大柄の男が店に入ってきた。
「今日は先客がいるのか、めずらしいな……。ここ、失礼するよ」
ぐでんぐでんに酔っ払っているモグラの横にどっかと座る。
「ええと……何にしましょう?」
いくぶん緊張した表情の店長が、男に声をかけた。
「そうだね。瓶ビールを一本置いていってくれたまえ。あとは勝手にやるから、きみはきみの為すべきことやりたまえ」
男がシルクハットをカウンターに置きながら、射るような視線を店長に投げる。
「ああはい、では奥で仕込みをしますので、ちょっと失礼します……」
その雰囲気に気圧された店長が、あわてて奥に姿を消すのを見届けてから、一転、男は柔和な表情でモグラに話しかけた。
「きみもいいシルクハットを被っているね、スーツも古いが仕立ての良いものだ。その蝶ネクタイも素敵だよ。わたしと趣味が合いそうだ」
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