二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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第3話 宵の刻

01

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「それでは鍵はここへ置いておきますので、お出かけの際は施錠を……。わたしは停電が復帰するまで、杏香さまのお宅におりますので、ご不明な点がありましたら、なんなりとお申し付けください」

 ジムの受付カウンターに鍵を置いて出て行こうとする二条美華に、メグルが声をかけた。

 「待ってください、美華さん」

 「ミツオくん、何か……?」

 「ここってガスは使えないの? お湯を沸かしたいんですけど……」

 「契約前ですのでガスは使えませんが、確か給湯室の棚にカセットコンロがあったと思います。水道は出ますので、ご自由にお使いください」


 二条美華がジムのガラスドアを閉めて出ていく。
 その姿が完全に見えなくなるのを見届けてから、イラついた様子のモグラが噛み付いた。

 「まったく、どうゆうつもりだメグル!」

 モグラの口撃は想定内としていたメグルが淡々とこたえる。

 「落ち着けモグラ、まだ林杏香が魔鬼だと確定してない。ぼくらの正体もたぶんまだバレてない。はっきりしてるのは四日後の満月の夜、ここに魔鬼が来るってことだ。それまでじっくり作戦を練って、罠を仕掛けようじゃないか」

 吹き荒れていた風も弱まり、窓に打ち付けていた雨も小降りになっている。
 薄暗いジムのなか、メグルは給湯室から見つけてきた片手鍋に水を入れて、カセットコンロの火にかけた。

 「のんびり茶なんか飲んでる場合かよう? すぐ上の階に魔鬼かもしれねえやつが住んでいるんだぞ!」

 そのとき、窓越しに見える向かいのビルの屋上看板に明かりが付いた。
 続いてジム内の照明もつき、室内を明るく照らした。


 「そうだったときの罠も仕掛けるさ……。でもぼくには、あいつらが魔鬼とは思えないんだ」

 「その根拠は……?」

 「ぼくはずっと、鏡のなかの二条美華に注意を払っていた。少なくとも彼女の姿は常にジムの鏡に映っていた。前に言ってたじゃないか? 魔鬼は鏡に映らない瞬間があるって」

 「だから言ったろ、それは単なる都市伝説だって! 魔鬼の住む魔界は精神世界だから、物質世界の六道では体を持てない。だから自殺者などが命を絶つ瞬間を狙って、強引に体を奪って憑依してるんだ。人間の体なんだから理論的には鏡に映るのが普通なんだぜ!」

 「だけど……」
 メグルがなおも食い下がる。

 「たしかにサヤカは鏡に映らない瞬間があった。だから魔鬼だと気がついたんだ……」

 モグラが一瞬口をつぐんだ。
 サヤカが魔鬼だった事実が、メグルに深い傷を負わせたことを知っているからだ。

 ためらいながらも、しかしモグラは納得がいかない様子で反論する。

 「確かに二条美華は魔鬼じゃないかもしれねえ。越界者の姿は普通に鏡に映るからな。……おいらの見立てじゃ、林杏香が魔鬼で二条美華が越界者! どうだ、これなら説明がつくぜ!」

 沸き立つ片手鍋を見つめながら、メグルが前髪を人差し指に絡ませる。

 「何かが引っかかる。何かが違うような気がするんだ……」

 モグラはシルクハットを目深まぶかに被り直すと、カウンターに立てかけたステッキを手に部屋を出ていく。


 「どこ行くんだ、モグラ!」 

 「そんな勘だけが頼りの行き当たりばったりじゃあ、いつか魔鬼にやられちまうぜ。付き合ってられるかよう!」

 派手な音を立ててジムのドアを閉めて、モグラが出て行った。


          *


 午後五時十三分……。

 フィットネスジムの壁一面の鏡に向かいながら、メグルはひとり策を練っていた。


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