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第2話 フィットネスジム
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しおりを挟むエレベーターを降りたメグルは辺りを見渡した。
蜘蛛の巣の張った蛍光灯がひとつ、エレベーターホールの天井でチカチカと瞬いている。
周囲に窓はなく、冷たい空気が滞留している。
目の前の壁にはフィットネスジムの看板が貼り付けてあり、矢印が右をさしていた。
左を見ると、暗い廊下の先で非常口の誘導灯が金属製のドアを緑色に照らしている。ドアの向こうに内階段があるのだろう。
「いやぁ、綺麗なトレーニングルームですね! とても三ヶ月も放置されたとは思えない」
モグラの声がフィットネスジムの方から聞こえてきた。二条美華の声も聞こえる。
「ええ、もともとジムとして使用されたのも半年程度ですので、設備も新品同様です」
メグルは踵を返しフィットネスジムへ向かった。
開け放たれたガラスドアの入り口を通ると、清潔感のあるジムが目の前に広がった。
入ってすぐ右側に下駄箱と受付カウンター、その奥に給湯室と更衣室。右の壁際には様々なトレーニングマシンが並んでいる。
左は全面開放感のある窓。窓際には外に向かってエアロバイクとルームランナーが数台並んでいて、窓に貼られたテナント募集中の大きな文字の隙間から、鉛色の空を背にした向かいのビルの屋上看板が見える。
そしてジムの中心はインストラクターの指導のもとヨガやピラティスを行う十坪ほどのスタジオスペースになっており、その正面の壁全面にそれはあった。
メグルは靴を脱いで用意されたスリッパを履くと、壁全面に貼られた巨大な鏡のまえに立った。
(これが二ヶ月前に開かれた越界門……。魔鬼はこの鏡から越界者を呼び込み、その様子を萩原は入り口のガラスドアから覗き見てしまったわけか……)
そっと鏡に触れる。
驚くほど冷たい感触が指の先から伝わった。
「はい、いちにの、さん! きゃあっ、雅貴(偽名)さん凄い!」
いつのまにかモグラはベンチプレスに寝転がり、二条美華の合いの手で三十キロのウエイトを挙げていた。
「雅貴さんがここの経営者になったら、一ヶ月もしないうちに、二階の居酒屋の店長さんよりマッチョになってるんでしょうね!」
細い腕をプルプル震わせながら、なんとかウエイトを元の位置に戻したモグラの額に、二条美華がそっとハンカチをあてる。
とたんにモグラの口髭がビリリと痺れた。
「美華ちゃんどうしよう? おいら今日にも契約しちゃうかも!」
ただでさえ垂れている目尻をさらに垂らして、モグラがだらしない表情を二条美華に向けたとき、
「待ってお父さん、理由を訊いてからにしましょう」
メグルがふたりの会話に割って入った。
「なんだねミツオ(偽名)。大人の会話を邪魔するなと、いつも言ってあるでしょうに……」
面倒くさそうにモグラが肩をすくめる。
「ミツオくん、何か訊きたいことがあるのでしたら、遠慮なくどうぞ」
二条美華が口元に微笑みをたたえながらも、冷たい視線をメグルに投げた。
メグルはその視線に動じることなく、鋭く見つめ返して言った。
「言わなくてもわかりますよね? この物件、さほど駅から離れてないし、フィットネスジムはいま大人気のはずです。なのに……」
「三ヶ月間、契約者が現れなかった理由ですね?」
微笑みを崩すことなく、二条美華がこたえた。
「もちろん理由はあります。それはここが、事故物件だからです」
「事故物件……?」
モグラの口髭がくにゃりと折れた。
「三ヶ月前、このジムで会員同士の殺人事件がありました」
メグルが訊き返す。
「殺人事件……このジム内で?」
「そうです、まさにここです」
二条美華が微笑みながらモグラの足元を見つめる。
「ここって……どこです?」
モグラが自分の足元をあわてて見回す。
「神宮寺様が座っている、まさにそのベンチプレスで、頭から血を流して即死している死体が発見されました。足元に見えるその滲みが血痕です」
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