9 / 70
第1話 再始動
05
しおりを挟む「全然……待っておりませんよ。そう、わたしが九階の内見をお願いした神宮寺雅貴(偽名)です。さあ、参りましょう!」
丁度そこにエレベーターが降りてきた。
モグラがエスコートするように二条美華を先に乗せる。
エレベーターのなかで二条美華は操作ボタンの前に立ち、ふたりに微笑みを向けていた。
「いやぁ嬉しいな、こんな美しい方に案内していただけるなんて……。美華さんって、若そうに見えるけどおいくつなんですか?」
目尻をだらしなく垂らしたモグラが頰を紅潮させながら訊ねると、張り付けたような微笑みを一切崩すことなく、二条美華がおだやかにこたえた。
「二十四歳です。中途採用の新人ですが、どうぞよろしくお願いします」
メグルはふたりの会話をうしろから見上げながら二条美華を観察していた。
口角が上がった口元は笑みを浮かべているように見えるが、アイシャドウの濃い目元はときおり無機質な冷たい光を宿している。
「電話じゃ、門田って男のひとが来ると聞いてたんですけど……」
メグルが探るように質問した。
「申し訳ございません。門田は体調を崩しまして、急遽私が代役で参りました」
「ふ~ん。……名刺もらえますか?」
「申し訳ございません。名刺を忘れてしまいまして……」
「名刺忘れたの? 営業なのに?」
「申し訳ございません。急いでいたのでつい……」
メグルの挑発的な言葉にも、口元の微笑みは決して崩さない。
「こらミツオ(偽名)! 子どものくせに出しゃばるんじゃない! すみませんね、大人ぶりたい年頃なんです」
「いえいえ、とても利口そうなお子様をお持ちなんですね」
上目遣いでモグラを見つめる。
「とんでもない、わたしは独身貴族です! これは身寄りのない不幸な子でして、不憫なのでわたしが引き取ってあげたのです。邪魔ならどっかに放りましょうか?」
モグラが大声で笑うと、二条美華も静かに笑った。
そうこうしているうちに、エレベーターが九階に止まった。
「この九階のフロア全体が物件になりまして、右へ進めばフィットネスジムの入り口があります。鍵は開いていますので、どうぞご自由に見ていてください」
そういってモグラを先に行かせると、あとに続こうとしたメグルの前に二条美華が立ち塞がった。
口元にこそ微笑みをたたえているが、その瞳はとても冷たくメグルを見下ろしている。
戸惑うメグルと視線を合わせながら、ゆっくりと腰を下ろし、ささやく。
「ねえきみ、おいくつ?」
「えっ、十二歳……。小学六年生ですけど……」
二条美華は瞳の奥まで覗き込むような鋭い視線でメグルを見つめながら、手にしたファイルの隙間からすばやく名刺を取り出した。
「わたしのじゃないけれど、きみにあげるわ。大事になさい」
差し出された名刺を受け取りながら、そのただならぬ雰囲気にメグルの背筋が凍りつく。
「それからもうひとつ。女性に年齢を訊くのはとても失礼とされているの。きみは覚えておきなさい、これからも人間界で生きるなら……」
変わらず口元に微笑みをたたえながら立ち上がると、二条美華は素早く踵を返しエレベータを降りた。
呆然とするメグルの目の前で、ガコンと音をたててエレベーターのドアが閉まり始める。
あわてて降りたメグルは、気が付いたように手にした名刺に目をやった。
「門田熊雄……」
体調が悪くなったという男の名刺――。
裏返すと、そこには血しぶきのような真っ赤な滲みが点々とついていた。
7
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル
ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★
巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか?
死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。
終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。
壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。
相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。
軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。
視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。


りんこにあったちょっと怖い話☆
更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】
ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡
田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。
あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。
おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。
視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。
誰もいないはずの部屋に届く手紙。
鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。
数え間違えたはずの足音。
夜のバスで揺れる「灰色の手」。
撮ったはずのない「3枚目の写真」。
どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。
それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。
だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。
見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。
そして、最終話「最期のページ」。
読み進めることで、読者は気づくことになる。
なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。
なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。
そして、最後のページに書かれていたのは——
「そして、彼が振り返った瞬間——」
その瞬間、あなたは気づくだろう。
この物語の本当の意味に。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる