二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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第1話 再始動

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 「仲介業者遅いな。穴場ホームズの門田かどたって男と十五時に待ち合わせているんだけど……」

 「なんでぇ、男なのか……。なんか緊張感もテンションも下がっちまったな。まあ、のんびりいこうぜ……」

 降りしきる雨のなか、しびれを切らしたメグルは通りに出て辺りを伺うが、仲介業者らしい人物はどこにもいなかった。

 さきほどの居酒屋の若い男が、傘もささずにメグルの横を走り抜ける。

 「もう四十分も遅刻だぞ。人間界を一度でパスした超エリートのぼくをこんなに待たせるなんて、きっととんでもない落ちこぼれ社員に違いない。姿を現したら頭の星を数えてやる!」

 メグルが肩掛けカバンから分厚いレンズの黒縁眼鏡『星見鏡ほしみきょう』を取り出そうとしたとき、背後から激しく言い争う声が聞こえてきた。

 「邪魔だって言ってんだろ、おっさん! こんなところに居座ってんじゃねぇよ! どっか行けホームレス!」

 「なんだとこのう! 少なくとも一時間前までは家があったんだ! バカにすんじゃねぇぞ、若えの!」

 見ればエレベーターホールの前で、モグラと二階の居酒屋の若い男がつかみ合いの喧嘩をしている。

 「やめろモグラ! つまんないことで喧嘩するな!」

 ガラスドアを開けて、モグラを外に引きずり出そうとしたとき、とつぜん通りの方から声をかけられた。


 「どうかなさいました?」

 振り返ると、ビルの入り口の前に黒いスーツを着た細身の女性が立っていた。
 黒い傘にかくれて顔は見えないが、品のある透き通った声だ。

 「この野郎が、おいらのことを邪魔だの生ゴミ臭いだの、モグラ野郎だのって、ひどい言葉を浴びせるんですよ……」

 「そんな酷いことは言ってないけど、お前が階段で寝っ転がってるのが悪いんだろうが!」

 若い男はモグラの襟首を掴むと、僧帽筋と三角筋を隆起させてモグラの細い体を軽々と持ち上げた。
 ぶんぶんと揺さぶられたモグラは、すっかり戦意喪失だ。

 そんな光景を前にして、女性は慌てることもなく落ち着いた様子で差している傘を肩に掛けると、おもむろに手にしたファイルをひろげた。

 「二階の居酒屋『鳥家族』の店長様ですね。オーナー様や他の入居者様から共用部分の使用に関するトラブルの報告を受けています。ゴミ出しのルールを守らない、内階段に食材を積み上げる、客の吐瀉物を放置する等々……。これ以上トラブルが続くようであれば、退去していただくことなりますが……」

 すると店長と呼ばれた若い男は、一転態度をやわらげた。

 「もちろんトラブルなんか起こしませんよ、ちょっとじゃれあってただけだからね! あんたも割引してやるから、今晩ウチの店に呑みに来なよ! じゃあ俺はこれで!」

 よれよれになったモグラの背中をバシッと叩き、男が逃げるように内階段を駆け上がっていく。
 その姿を見送った女性は差していた傘を畳むと、ビルの入り口からゆっくりと入ってきた。

 そしてくしゃくしゃに崩折れているモグラに、そっと手を差し出す。


 「あんな筋肉でじゃれてきたら、たまったものじゃないですよね……」

 品のある美しい声に、うなだれていたモグラが顔を上げる。
 その女性は、鮮やかな青いスカーフを首に巻き、長い黒髪を後ろでまとめていた。

 細い銀縁の眼鏡越しに向ける女性の優しい眼差しを見たとたん、モグラの垂れた目尻がグインと釣り上がり、ぐにゃりと折れ曲がっていた口髭が、ぴんっと張りを取り戻した。

 差し出された女性の白くたおやかな手を両手でギュッと握りしめると、弾かれたようにすっくと立ち上がる。

 「力だけが頼りの若造なんか全く恐くないですよ。何事においても男は経験がモノを言うんです。彼とわたしでは重ねてきた経験に雲泥の差がありますから、その場を丸く収めるために、ワザと負けたフリをしてあげたのです、ワザとね……。お名前をよろしいですか?」

 「穴場ホームズの二条にじょう美華みかと申します。もしかして、お電話いただいた神宮寺様でございますか?」

 「ああっ! 穴場ホームズさん遅いよ、いったい何分遅刻……」

 怒鳴り声をあげたメグルの前に、即座にモグラが立ち塞がった。


 「全然……待っておりませんよ。そう、わたしが九階の内見をお願いした神宮寺じんぐうじ雅貴まさたか(偽名)です。さあ、参りましょう!」



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