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第1話 再始動
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「つまり、あの初老の男、萩原とかいう男の話をまとめると……」
メグルは所々に落としきれない汚れの付いたホワイトボードに要点を書き出した。
「二ヶ月前、つまり十月の満月の夜、夜間警備をしている隣街の 「林ビル」九階にあるフィットネスジムの鏡から、複数の人影が這いずり出てくるところを目撃。しかもその直前には大きな爆発音がしたと……」
経年劣化で座面の合皮がぼろぼろのソファに深く身を預けたモグラが、弓なりに天に向かって伸びた口髭をさすりながらこたえる。
「間違いねぇな。大きな爆発音とくりゃあ、人間界への侵入口『越界門』が最初に開かれる時の現象だ。先月の満月の夜にも越界門は使われているだろうし、今頃その街には何人もの越界者が密かに生活してんだろうぜ……。まずは奴らを探し出すか?」
モグラの意見に、しかしメグルは首を大きく横に振った。
「以前も言ったけど、ぼくは管理人とはいえ越界者を捕らえることに興味はない。ターゲットは越界者を不法に人間界へ入界させて、悪事をさせている魔鬼だけだ」
ホワイトボードに書かれた『魔鬼』という文字を、赤いペンで力強く囲む。
「もちろん、お前さんのポリシーは尊重するけどよ……」
モグラはスーツのポケットからビー玉ほどの水晶玉をいくつか取り出した。
「おいらが言いたいのは、星を持たない越界者に今まで通りこのGPSが埋め込まれた偽の星『擬星玉』を配っておけば、越界者の動向も掴めるし、奴らに指示を出している魔鬼の居場所も検討がつくだろうぜ……って話よ」
カビの生えたコンクリート壁に貼られたカレンダーを見つめながら、メグルが静かにこたえる。
「……いや、最短距離で行こう。魔鬼は今月もフィットネスジムの鏡に開いた越界門から、越界者を密入界させるはずだ。そこを迎え撃つ」
モグラもソファにふんぞり返るようにして、背後にあるカレンダーを見上げた。
「今月の満月は……って四日後じゃねぇか。何も準備してないまま正面切って魔鬼と戦うつもりかよ? お前さんは魔鬼を舐めすぎだ。たかだか一度勝ったくらいで調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「もちろん、それまでにしっかり作戦を練るさ。そのためにも現場を見ておかないと……」
メグルはホワイトボードの文字を消して事務机に座ると、古びたデスクトップパソコンのモニタを睨んだ。
「あの萩原とかいう男の話を聞きながら、林ビルの情報をネットで検索してたんだ。九階にある例のフィットネスジム、すでに三ヶ月前に廃業している。その後、居抜きでテナント募集するも入居者はない」
口髭をさすりながらモグラがこたえる。
「萩原は廃業したジムで怪現象を見たってわけか。魔鬼は夜に人気のない場所を好んで越界門を開くから、こりゃあほとんど確定だな。……しかし三ヶ月も入居者がいねえなんて、とんでもねえボロ物件なんだな」
「築年数四十年以上の古いビルだが駅近の物件だ。三ヶ月も空いたままなのは不思議だが、とにかく今は入居者募集中ってことさ。というわけで、お得意の潜入調査といこうじゃないか」
モグラが浮かない顔でソファに寝そべった。
「また潜入捜査かよ……。あれストレスが半端ねぇんだよな。魔鬼が近くにいるかもしれねえって思うだけで、胃がキリキリと……」
「物件に興味がありそうなフリして内見するだけさ。会うのは不動産仲介業者だし、名前も偽名でいけばバレやしないだろう」
冷やかすような口調でメグルが続けた。
「それに小学校に潜入したときはお前好みの女教師がいて、魔鬼の存在なんかすっかり忘れていたじゃないか。今回も綺麗な女性の仲介業者かもしれないぞ?」
モグラはシルクハットを目深に被り直すと、ソファに立てかけてあったステッキを手にすっくと立ち上がり、つま先立ちで華麗なターンを披露した。
「バカにすんない、おいらは見ての通りスマートな紳士なんだぜ? 年中女のケツを追いかけ回すような小太りの中年男と一緒にすんなよ……と、と、とっ!」
モグラが体勢を崩して派手に尻餅をついたとき、ドアを激しく叩く音がした。
「なんだ、今日は大忙しだな」
メグルは所々に落としきれない汚れの付いたホワイトボードに要点を書き出した。
「二ヶ月前、つまり十月の満月の夜、夜間警備をしている隣街の 「林ビル」九階にあるフィットネスジムの鏡から、複数の人影が這いずり出てくるところを目撃。しかもその直前には大きな爆発音がしたと……」
経年劣化で座面の合皮がぼろぼろのソファに深く身を預けたモグラが、弓なりに天に向かって伸びた口髭をさすりながらこたえる。
「間違いねぇな。大きな爆発音とくりゃあ、人間界への侵入口『越界門』が最初に開かれる時の現象だ。先月の満月の夜にも越界門は使われているだろうし、今頃その街には何人もの越界者が密かに生活してんだろうぜ……。まずは奴らを探し出すか?」
モグラの意見に、しかしメグルは首を大きく横に振った。
「以前も言ったけど、ぼくは管理人とはいえ越界者を捕らえることに興味はない。ターゲットは越界者を不法に人間界へ入界させて、悪事をさせている魔鬼だけだ」
ホワイトボードに書かれた『魔鬼』という文字を、赤いペンで力強く囲む。
「もちろん、お前さんのポリシーは尊重するけどよ……」
モグラはスーツのポケットからビー玉ほどの水晶玉をいくつか取り出した。
「おいらが言いたいのは、星を持たない越界者に今まで通りこのGPSが埋め込まれた偽の星『擬星玉』を配っておけば、越界者の動向も掴めるし、奴らに指示を出している魔鬼の居場所も検討がつくだろうぜ……って話よ」
カビの生えたコンクリート壁に貼られたカレンダーを見つめながら、メグルが静かにこたえる。
「……いや、最短距離で行こう。魔鬼は今月もフィットネスジムの鏡に開いた越界門から、越界者を密入界させるはずだ。そこを迎え撃つ」
モグラもソファにふんぞり返るようにして、背後にあるカレンダーを見上げた。
「今月の満月は……って四日後じゃねぇか。何も準備してないまま正面切って魔鬼と戦うつもりかよ? お前さんは魔鬼を舐めすぎだ。たかだか一度勝ったくらいで調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「もちろん、それまでにしっかり作戦を練るさ。そのためにも現場を見ておかないと……」
メグルはホワイトボードの文字を消して事務机に座ると、古びたデスクトップパソコンのモニタを睨んだ。
「あの萩原とかいう男の話を聞きながら、林ビルの情報をネットで検索してたんだ。九階にある例のフィットネスジム、すでに三ヶ月前に廃業している。その後、居抜きでテナント募集するも入居者はない」
口髭をさすりながらモグラがこたえる。
「萩原は廃業したジムで怪現象を見たってわけか。魔鬼は夜に人気のない場所を好んで越界門を開くから、こりゃあほとんど確定だな。……しかし三ヶ月も入居者がいねえなんて、とんでもねえボロ物件なんだな」
「築年数四十年以上の古いビルだが駅近の物件だ。三ヶ月も空いたままなのは不思議だが、とにかく今は入居者募集中ってことさ。というわけで、お得意の潜入調査といこうじゃないか」
モグラが浮かない顔でソファに寝そべった。
「また潜入捜査かよ……。あれストレスが半端ねぇんだよな。魔鬼が近くにいるかもしれねえって思うだけで、胃がキリキリと……」
「物件に興味がありそうなフリして内見するだけさ。会うのは不動産仲介業者だし、名前も偽名でいけばバレやしないだろう」
冷やかすような口調でメグルが続けた。
「それに小学校に潜入したときはお前好みの女教師がいて、魔鬼の存在なんかすっかり忘れていたじゃないか。今回も綺麗な女性の仲介業者かもしれないぞ?」
モグラはシルクハットを目深に被り直すと、ソファに立てかけてあったステッキを手にすっくと立ち上がり、つま先立ちで華麗なターンを披露した。
「バカにすんない、おいらは見ての通りスマートな紳士なんだぜ? 年中女のケツを追いかけ回すような小太りの中年男と一緒にすんなよ……と、と、とっ!」
モグラが体勢を崩して派手に尻餅をついたとき、ドアを激しく叩く音がした。
「なんだ、今日は大忙しだな」
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