二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
5 / 70
第1話 再始動

01

しおりを挟む
 「つまり、あの初老の男、萩原とかいう男の話をまとめると……」

 メグルは所々に落としきれない汚れの付いたホワイトボードに要点を書き出した。

 「二ヶ月前、つまり十月の満月の夜、夜間警備をしている隣街の 「林ビル」九階にあるフィットネスジムの鏡から、複数の人影が這いずり出てくるところを目撃。しかもその直前には大きな爆発音がしたと……」

 経年劣化で座面の合皮がぼろぼろのソファに深く身を預けたモグラが、弓なりに天に向かって伸びた口髭をさすりながらこたえる。

 「間違いねぇな。大きな爆発音とくりゃあ、人間界への侵入口『越界門えっかいもん』が最初に開かれる時の現象だ。先月の満月の夜にも越界門は使われているだろうし、今頃その街には何人もの越界者が密かに生活してんだろうぜ……。まずは奴らを探し出すか?」

 モグラの意見に、しかしメグルは首を大きく横に振った。

 「以前も言ったけど、ぼくは管理人とはいえ越界者を捕らえることに興味はない。ターゲットは越界者を不法に人間界へ入界させて、悪事をさせている魔鬼だけだ」 

 ホワイトボードに書かれた『魔鬼』という文字を、赤いペンで力強く囲む。

 「もちろん、お前さんのポリシーは尊重するけどよ……」

 モグラはスーツのポケットからビー玉ほどの水晶玉をいくつか取り出した。

 「おいらが言いたいのは、星を持たない越界者に今まで通りこのGPSが埋め込まれた偽の星『擬星玉ぎぼしだま』を配っておけば、越界者の動向も掴めるし、奴らに指示を出している魔鬼の居場所も検討がつくだろうぜ……って話よ」

 カビの生えたコンクリート壁に貼られたカレンダーを見つめながら、メグルが静かにこたえる。

 「……いや、最短距離で行こう。魔鬼は今月もフィットネスジムの鏡に開いた越界門から、越界者を密入界させるはずだ。そこを迎え撃つ」

 モグラもソファにふんぞり返るようにして、背後にあるカレンダーを見上げた。

 「今月の満月は……って四日後じゃねぇか。何も準備してないまま正面切って魔鬼と戦うつもりかよ? お前さんは魔鬼を舐めすぎだ。たかだか一度勝ったくらいで調子に乗るんじゃねぇぞ!」

 「もちろん、それまでにしっかり作戦を練るさ。そのためにも現場を見ておかないと……」

 メグルはホワイトボードの文字を消して事務机に座ると、古びたデスクトップパソコンのモニタを睨んだ。

 「あの萩原とかいう男の話を聞きながら、林ビルの情報をネットで検索してたんだ。九階にある例のフィットネスジム、すでに三ヶ月前に廃業している。その後、居抜きでテナント募集するも入居者はない」

 口髭をさすりながらモグラがこたえる。

 「萩原は廃業したジムで怪現象を見たってわけか。魔鬼は夜に人気ひとけのない場所を好んで越界門を開くから、こりゃあほとんど確定だな。……しかし三ヶ月も入居者がいねえなんて、とんでもねえボロ物件なんだな」

 「築年数四十年以上の古いビルだが駅近の物件だ。三ヶ月も空いたままなのは不思議だが、とにかく今は入居者募集中ってことさ。というわけで、お得意の潜入調査といこうじゃないか」

 モグラが浮かない顔でソファに寝そべった。

 「また潜入捜査かよ……。あれストレスが半端ねぇんだよな。魔鬼が近くにいるかもしれねえって思うだけで、胃がキリキリと……」

 「物件に興味がありそうなフリして内見するだけさ。会うのは不動産仲介業者だし、名前も偽名でいけばバレやしないだろう」

 冷やかすような口調でメグルが続けた。

 「それに小学校に潜入したときはお前好みの女教師がいて、魔鬼の存在なんかすっかり忘れていたじゃないか。今回も綺麗な女性の仲介業者かもしれないぞ?」

 モグラはシルクハットを目深まぶかに被り直すと、ソファに立てかけてあったステッキを手にすっくと立ち上がり、つま先立ちで華麗なターンを披露した。

 「バカにすんない、おいらは見ての通りスマートな紳士なんだぜ? 年中女のケツを追いかけ回すような小太りの中年男と一緒にすんなよ……と、と、とっ!」

 モグラが体勢を崩して派手に尻餅をついたとき、ドアを激しく叩く音がした。

 「なんだ、今日は大忙しだな」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

輪廻と土竜 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏
ホラー
★現代社会を舞台にしたミステリーファンタジー★ 巧みに姿を隠しつつ『越界者』を操り人間界の秩序を乱す『魔鬼』とは一体誰なのか? 死後、天界逝きに浮かれていたメグルは煉獄長にそそのかされ小学生として再び人間界に堕とされる。人間界管理人という『魔鬼』により別世界から送り込まれる『越界者』を捕らえる仕事をまかされたのだ。 終わりのない仕事に辟易したメグルは元から絶つべくモグラと協力してある小学校へ潜入するが、そこで出会ったのは美しい少女、前世の息子、そして変わり果てた妻の姿……。 壮絶な魔鬼との対決のあと、メグルは絶望と希望の狭間で訪れた『地獄界』で奇跡を見る。 相棒モグラとの出会い、死を越えた家族愛、輪廻転生を繰り返すも断ち切れぬ『業』に苦しむ少女ーー。 軽快なリズムでテンポよく進みつつ、シリアスな現代社会の闇に切り込んでゆく。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

足が落ちてた。

菅原龍馬
ホラー
これは実際に私が体験した話です。 皆さん、夜に運転する時は気を付けて下さい。

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

長野県……の■■■■村について

白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。 ■■■の物語です。 滝沢凪の物語です。 黒宮みさきの物語です。 とある友人の物語です。 私の物語です。 貴方の物語でもあります。 貴方は誰が『悪人』だと思いますか?

処理中です...