二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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 「……魔鬼です」

 「……マキ?」

 「そう魔鬼まきです。魂の棲み分けを望んだ如来にょらいが『十層界じっそうかい』を創造したとき、全ての混沌こんとんを望んだ魂は『魔界まかい』に追放されたのです。それが魔鬼まき! 奴らは呼び込んだ越界者に悪事をさせて人間界の秩序を乱し、人間界を魔界側の勢力に組み込もうとしてるのですよ!」

 「勢力争いをしてるのですか……? その如来にょらい魔鬼まきとやらが?」

 黒づくめの男がソファに背中を預けながら、大きくうなづく。

 「価値観の変化を嫌う人間にしては、飲み込みが早いですな」

 そこへオリーブグリーンのジャケットに半ズボンをはいた、さきほどの少年がお盆を手にやってきて、テーブルの上に湯気のたつ湯呑みと、牛乳瓶の底のような分厚いレンズの入った黒縁眼鏡を置いた。

 黒づくめの男が、おもむろにその眼鏡をかける。

 「いいですか? 人間は産まれながらに頭の上に水晶玉のような星を持っているのです。あなたの頭の上にも浮かんでますよ……ええと試練星しれんぼしが八つ、成就星じょうじゅぼしが……たったの一つ? あなたその年齢の割に一つしか試練を乗り越えてないとは……。逃げてばかりの人生だったんですな?」

 見透かしたようなその言葉に、わたしはムキになって言い返した。

 「し、失礼な! わたしの人生は立派……とは言えないかもしれないが、人並みには頑張ってきたつもりだ!」

 しかし黒づくめの男は軽蔑の眼差しをわたしに向けた。

 「見るもんが見れば一発でバレるんですよ……。与えられた試練を乗り越えれば、試練星は成就星に変わります。しかし悪事などの不徳を積むと逆に増えるのです。人生を終えた時に試練星が十二個を超えていると、『堕界だかい』と言って人間界より下の世界に転生することになります」

 わたしは無意識に頭の上を手で払っていた。
 とうぜん振り回した手はくうつかむだけで何の感触もない。

 「そんなことしたって試練星は減りゃしないよ。安心なさい、このまま真面目に生きてれば、あなたは来世も人間界だ」

 黒縁眼鏡を外しながら、黒づくめの男が話を続けた。

 「人間界に悪を蔓延まんえんさせて人間たちの試練星を増やし、魂を大量に堕界させる……。如来にょらいとの契約で人間に直接手が出せない魔鬼は、その仕事をになわせるため越界者を呼び込んでいます。その現場を、あなたは目撃したわけです」

 黒づくめの男の話をひと通り聞いたわたしは、ソファに深く背中を預けると大きく息を吐いた。
 理解しようとつとめてみたものの、いったいこの男は何を話しているんだ……。

 事務所のドアを叩いたことに、わずかに後悔の念を抱き始めながら、改めてぐるりと室内を見渡した。
 来たときは話を聞いてもらう一心で周りが見えていなかったが、よく見るとずいぶん汚らしい事務所だった。

 まだ昼過ぎだというのに半地下の室内は薄暗く、天井近くの小さな窓から差し込むかすかな陽光に反射し、無数の埃がちらちらとラメのように室内を舞っている。

 配管がむき出しの天井と、打ちっぱなしのコンクリートの壁からは、所々から水が染み出し濡れていた。
 自分が座っているソファも、その奥の事務机もかなり古く、もはや粗大ゴミといっても過言じゃない。

 ビル警備の経験が長いわたしは、ここがもともと部屋ではなく、ただの倉庫なのだと確信した。


 しかもあれだけ頼り甲斐があるように見えた目の前の黒づくめの男も、よく見れば肘や膝に継が当てられたボロボロの黒いスーツに蝶ネクタイ、頭にはシルクハットという珍妙な格好だ。


 「ああ、そうだ。まだ名乗っていませんでしたね。わたくし、こーゆーものです」

 その黒づくめの男が、おもむろに名刺を差し出した。
 受け取った名刺に書かれた名前を、わたしは読み上げた。

 「しょうなん もぐら……」

 「あれ、あなた、漢字がお読みになれない? ドリュウです、湖南土竜(コナン・ドリュウ)。あの有名な探偵ホームズの……シャーロックの……。あの作者、ご存知ない?」

 「いやまあ……知ってますけど……。ここには湘南しょうなんって……」

 「もちろん偽名ですよ、職業柄ね。まあ下の名前は本名なんですが、なぜか皆さんモグラとお呼びになる、不思議でならねぇ」


 それはあなたがモグラと書かれた名刺を渡しているからだ……と思ったが、あえて口にはしなかった。


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