二条姉妹 篇 人間界管理人 六道メグル

ひろみ透夏

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01

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 「ええ、あの夜たしかに見たんです! 何人もの人影が鏡の中から這いずり出てくるのを!」

 くたびれたスーツの膝を握りしめ、わたしは顔を火照らせながら訴えた。
 定年間近の男がこんなオカルト話をするなんて、自分でもおかしなことだと承知している。
 だからこそ真剣に話すことで、今度こそ信じてもらおうと努力した。
 この馬鹿げた話を聞いて、目の前のソファに座る全身黒づくめの男は、いったいどんな態度を見せるだろうか。

 ……いや、それもわかっている。

 今まで散々向けられた、嘲笑と哀れみの入り混じった、あのいつもの表情を見せつけられるだけだ……。


 「ほほう……」

 しかし黒づくめの男は、弓なりに伸びた口髭をぴんっと弾き、細身の体を乗り出して相槌を打った。

 湖南こなんオカルト探偵事務所。
 木枯らしが吹きすさぶ晩秋の午後、裏路地にある古びたビルのその看板に目が釘付けになったとき、自分はかなり病んでいると自覚した。

 この二ヶ月――。

 何度、この話を他人にするたび馬鹿にされてきただろう。
 どれだけの人に後ろ指をさされてきただろう。

 ついには頭のおかしな奴だと職を追われ、家族にも白い目を向けられるようになったいま、誰でもいいから、あの出来事を信じてもらえることだけが生きる目的になっていた。

 せめてうなずいてもらえるだけでいい。この気持ちを共感してくれるだけでいい。
 ここですべてをぶちまけたら、もうこの話は今日でお終いだ――。

 そう自分に言い聞かせて階段をくだり、半地下にあるこの怪しげな探偵事務所のドアを叩いたのだ。


 「ええと、萩原はぎわらさん……でしたな。もう一度確認しますが、その満月の夜、その状況を見るまえに、確かに何かが爆発したような音が聞こえたんですね?」

 「そ、そうなんですよっ! ビル内に響き渡るほどの大きな音が! だから急いで各フロアを確認してまわったんです!」

 思わずわたしも、前のめりになってこたえた。
 初めて真面目に話を聞いてくれる人物に出会えたのが嬉しくて、目に涙がにじむ。

 「……こりゃ、ビンゴだな」

 黒づくめの男は膝をパシッと叩いてそう呟くと、後ろを振り返り、事務机で古びたデスクトップパソコンのモニタを睨んでいる、小学生くらいの小柄な少年に向かって声をあげた。

 「おいメグル、とうとう来たぞ本物が! この白湯下げて、熱っつ~い茶ぁ淹れてくれよ、濃いぃのな!」

 メグルと呼ばれた栗色のくせっ毛頭の少年が、ふんっと鼻を鳴らして面倒くさそうに流し台に向かう。

 「……わたしが見たのは、やはり怪しげなものなのでしょうか?」

 「そうですね、普通はお目にかかることは、まずないでしょうな」

 黒づくめの男が身を乗り出してささやく。


 「ご説明しましょう。あなたが見た人影は、ずばり越界者えっかいしゃです。この世は如来にょらいによって創造された『十層界じっそうかい』、いわゆる『四聖ししょう』と呼ばれる四つの精神世界と、人間界を含む『六道ろくどう』と呼ばれる六つ物質世界で成り立っています。あなたが見たのは人間界より下の世界、さしずめ『餓鬼がき界』辺りから呼び込まれた越界者えっかいしゃでしょう」

いきなり突拍子もない話をされて、わたしの頭は混乱した。
しかし、自分を理解してくれた男の話をなんとか理解せねばと訊き返す。


 「呼び込まれたエッカイシャ……。いったい誰にですか?」

 黒づくめの男が、さらに小声でささやいた。


 「……魔鬼です」

 「……マキ?」


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