緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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第13話 アユムの正体

03

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「アユム……」

 なんと、黒いマントの男はアユムだった。
 アユムもわたしの顔を見て一瞬動きが止まったが、すぐに、にやりと不気味な笑みを浮かべて言った。

「やあ博士、いらしていたのですか? わたしたちはそろそろ出発します。銀河系の外、新たなエデンを見つける旅へ……。
 新世界のアダムとイブになるのは、わたしとトモミです」

 しかし、いつもと雰囲気が違う。
 おっとりした口調は消え、目つきもとがっていた。

「さあトモミ、こちらへおいで」

 アユムは足もとに引きずっているマントを、邪魔じゃまそうに蹴りながら言った。

「あ、あの……」

 わたしのとなりで、トモミはいつになくおどおどしていた。やがて、足にからまるマントと格闘しているアユムに向かって、思い切ったように言った。

「わたし、やっぱりあなたとは行けません!」

 ぽかんと口を開けるアユム。

「なにを言っているんだトモミ! 昨夜、きみが洞窟どうくつで博士を待ちぼうけしていたとき、すべて説明したではないか! この星にいても銀河連合に攻撃されて死ぬだけだと……。きみも言ったではないか? この星に自分の居場所はもうないと。わたしとともに、新世界へ旅立つと!」

「ごめんなさい。でもやっぱり、ハカセがいない新世界なんて、わたしには意味がない。わたし、ハカセと一緒じゃなきゃ、絶対に行きません!」

 トモミはほおを赤らめながらも、わたしの手を強くにぎって言い放った。
 その姿を見たアユムはよろめき、操舵輪そうだりんにもたれかかった。

「なんだこれは……。フラれたというのか? 王子であるこのわたしが……。
 いや違う! この体に問題があったのだ! 手近てじかな体で済ませず、もっと男前の体に乗り移ればよかった……」

「キリル王子、その体はアユムに返してあげて」

 アユムの体に憑依ひょういしたらしいキリル王子が、トモミをにらみ返して怒鳴った。

「断る! わたしにまた、あのうす汚い捨てネコにもどれと言うのか!」

 キリル王子の指さすさきで、ただの黒ネコにもどったステネコが大きなあくびをした。

「わたしの本当の姿は、あんなうす汚いネコでも、こんなおさなじみた少年でもない。老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、すべてのたみ見惚みほれるほどに美しい、聡明そうめいな王子だったのだ!」

 そう叫びながらも、王子は、はっと何かに気付いた顔をして、くつくつと笑いだした。


「トモミ。残念だが、博士はきみの気持ちにはこたえられないよ。そうでしょう博士?」

 トモミがわたしに目を向けた。わたしがキリル王子の言葉を否定するのを、すがるような目で見つめている。

「新しい星で、きみには地球人の子孫しそんをたくさん産んでもらわなくてはならない。だが、博士にその気はないようだ」

 わたしは何も言い返すことができなかった。トモミの視線を感じながらも、ただ黙ってうつむき、床を見つめるしかなかった。

 長い沈黙のあと、わたしの手をにぎるトモミの手が、そっと離れる。


「……トモミ、博士をめてはいけないよ」

 その様子を、キリル王子は満足そうな笑みを浮かべて見つめていた。

「博士に地球人の繁栄はんえいを求めるのは、どだい無理な話なのだ。しかも彼はすべてを知っている。数日後に地球人が攻撃され、絶滅することもね……。なぜだか知りたいか?」

 そしてキリル王子は、とどめの一言を放った。

「彼は地球人ではない! 銀河連合の者だからだ!」

 わたしを取り巻く空気が、一瞬にして凍りついたような感じがした。

 顔を上げることさえできない。
 うつむいた視界しかいにあるのは、となりに立つ、トモミのつまさきだけだった。

「わかっただろう? 新世界で地球人の新たなる繁栄はんえいきずけるのは、同じ地球人の体を持つ、わたしときみだけなのだ。……さあ来るんだ、トモミ!」


 トモミは何もこたえなかった。

 ただそのつまさきは、わたしの視界から消えていった。


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