緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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第9話 緑の丘の銀の星

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「トモミ、起きて」

 地下の泉のほとりで、トモミはまだ気を失っていた。
 
 ぼんやりと目を覚ましたトモミは、やがて、はっと我に返り、わたしの手をつかみ叫んだ。

「見たでしょハカセ! 不気味に光る目が、わたしたちをにらみつけていたの!」

「あれはネコだよ。捨てられたネコが、ここで暮らしていたんだ」

 トモミは大きく息をはくと、緊張した肩をゆっくりとゆるめた。

「なぁんだ、捨てネコか……。でもかわいそう。こんな誰も来ないような洞窟にしか、生きていく居場所がなかったのね」

 その言葉が、わたしの胸をぎゅっとしめつける。

 キリ星人も銀河連合に追いまわされ、命からがらこの地球に逃げ込み、ひっそりと生きのびてきたのだ。まるで捨てネコそのものじゃないか。

 だからこそキリル王子は、自分のことをステネコと名乗ったに違いない。


「……さあ帰ろう。きっと外は、もう暗くなっているよ」

 洞窟の帰り道、わたしの足取りは重たかった。

 そのくせ、行くときはあれほど長いと感じた道のりが、帰るときは、あっという間に感じるほど、気がついた時には洞窟の出口に着いていた。

 キリル王子の話で、頭がいっぱいだったせいかもしれない。




 緑が丘の空には大きな月が浮かんでいた。きっと明日には、きれいなえんを描く満月になるのだろう。

 月明かりに染められた草原は、風が吹くたび、水面みなもにひろがる波紋はもんのように草をゆらす。

「アユム、帰っちゃったみたいね。こんなに暗くなるまで遊んでいたら、あの子、ママに叱られちゃうもんね」

 トモミはいたずらっぽく笑うと、水面みなもに踊るアメンボのように草原を走った。

 ふと立ち止まり、夜空を見上げつぶやく。

「きれいね……」

 白銀の月は、青くやさしい光を草原に降りそそいでいる。

「わたし、この丘が大好き。どこまでもつづく草原が、わたしの見たくないものを隠してくれるから……」

 トモミが見たくないもの。

 街のあかり。
 あたたかな、みんなの居場所――。


「見てハカセ、夜空から降ってきた星みたい!」

 トモミが指さすさきに、月明かりを反射して銀色に輝く、小型宇宙船があった。

「緑の丘の……銀の星! あの星の上には、いつだってハカセがいて、いつだって、わたしの話を聞いてくれる……。
 この大切な居場所さえあれば、わたし、どんなに辛いことがあっても、この街を好きでいられるんだ。だからハカセ、これからもずっとずっと、わたしと友だちでいてね」

 ふり返ったトモミの瞳は、濡れたように輝いていた。

「もちろん。……ぼくがもし宇宙人だったとしても、トモミは友だちでいてくれる?」

 わたしの言葉に目を丸くしたトモミは、すぐにはじけるような笑顔で大きくうなずいた。


         *


 トモミが帰ってから、わたしはずっと月をながめていた。
 小さく光る星が長い尾を引き、月から一直線に飛び出す。それはぴたりと急停止したかと思うと、かくんと直角に曲がり、また長い尾を引く流れ星になった。

 流れ星はジグザグに夜空を走りながら、しだいにその姿を大きくして近づいてくる。

 今夜、迎えが来るのはわかっていた。銀河連合はずっと待っていた。そして確認したのだ。わたしがあの洞窟へ入ったことを――。



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