緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
21 / 63
第7話 洞窟で見つけたものは?

02

しおりを挟む

 下り坂はさらにきつくなり、うっすらと地面に水が流れている。

「足もと気をつけて。滑りやすくなってる」
「じゃ、じゃあ、手を貸してよ」

 恥ずかしそうに出したトモミの手を取り、急な坂を下る。
 わたしはときどき、周囲をうかがいながら歩いていた。一本道なので迷うことはなかったが、案内役のステネコは、いったい、どこへ行ってしまったのだろう?


「ちょっと、ハカセ……。ごめん」

 下り坂が終わりを見せたころ、トモミがもじもじしながら言った。

「なに?」
「あのね。その……」
「どうしたの?」
「……トイレ、行きたい」
「いいよ。ここで待ってる」
「ええー、まっ暗じゃん。怖いよ」
「わかった。ずっと照らしててあげるから」

 言ったとたん、頭をはたかれた。
 トモミはわたしから懐中電灯を取り上げると「絶対について来ないでね!」と怒鳴りながら、洞窟の奥へ走っていった。

 懐中電灯の光の柱が左右にゆれながら離れていく。それを見計みはからって、わたしは『全宇宙生物図鑑』を背中からおろした。


「パワーオン!」
 わたしの言葉に反応して、図鑑がちゅうに浮く。

「オープン!」
 ぱたりと図鑑が開く。

「ライト!」
  紙面しめんがモニタのように光を発する。ぼんやりとした光があたり照らした。

更新こうしんされたページへ!」

 ぱらぱらとページがめくられ、あるページでとまる。
 そこには、さっきはさんだクモの写真が載っていた。写真のクモは、もぞもぞとうごめいている。

「キーボード!」
 図鑑の前に、緑色に光る文字盤が現れる。

「まさか、こんなところで出会えるとはね……」
 わたしは文字盤のキーを叩いた。写真の下に文字が浮かび上がっていく。

「クモ――地球に生息する宇宙からの外来生物。アラクネ星人の古い祖先そせんにあたる……と」

 そこまで文章を入力したとき、洞窟の奥から光の柱がゆれながら近づいてくるのが見えた。

「パワーオフ!」
 わたしは急いで、図鑑を背中に背負った。


「ハカセー、すごいの見つけたよ!」

 トモミは大声で叫びながらもどってくるなり、わたしの手を取り走りだした。奥へ進むほど洞窟の天井は高くなり、広さもましていく。

「見て、あそこ!」

 トモミが懐中電灯で前方を照らした。
 そこには黄土色おうどいろの地面に、エメラルドグリーンから鮮やかな空色へと変わっていく、美しい泉がひろがっていた。

 懐中電灯の光が水面みなもに反射して、洞窟の天井や壁全体に、ゆらゆらと揺らめくやわらかな光をりばめている。


「緑が丘の下に、こんな世界がひろがっていたなんて……」

「ここが行き止まりみたいね。龍の玉はなかったけど、冒険の終着点がこんなステキな泉でよかった!」

 トモミがわたしの手を、ぎゅっとにぎった。

「この泉のこと、アユムには内緒にしない? ふたりだけの秘密の場所にしよう!」

「そうだね……。アユムはたぶん、怖がってここまで来られないだろうし……」


 満足気まんぞくげなトモミとは裏腹うらはらに、わたしは少々、に落ちなかった。

 ステネコは確かに『龍の玉』があると言っていた。

 世界を焼きつくした龍の玉が、本当にあるとは思っていない。だが、せめて伝説のもとになった『何か』をつきとめて、それをトモミとアユムへの恩返しにしたかったのだ。


「……そろそろ戻ろうか? アユムも心配しているだろうし」

 ふたりへの恩返しは、また考えるとしよう……。

 わたしは気を取り直して、うっとりと地下の泉をながめている、トモミの背中に声をかけた。


「そうね……」

 名残惜なごりおしそうにふり返った、トモミの笑顔――。

 その笑顔が、一瞬にして凍りついた。


 クモを見たときとはまったく別の叫び声をあげて、トモミがその場にくずれ落ちる。


 驚いてふり返ったわたしの目に、暗闇の中で怪しく光る、不気味な目が映った。



しおりを挟む

処理中です...